2013年3月3日日曜日

お内裏様とお雛様の麻酔作用は異なるか?

今日、3月3日はひな祭り。
 ♪お内裏様とお雛様
   ふたり並んですまし顔♪

 さて、「話を聞かない男、地図が読めない女」だとか「男は火星人、女は金星人」だとか行動面での男女差は面白おかしく話題にされています。

 では、麻酔において男女差はあるでしょうか?
 『麻酔』第58巻第1号(2009年1月号)では、「麻酔と性差」の特集が組まれていました。どうやら、麻酔薬の作用や術後の嘔気・嘔吐に関しても男女差がありそうです。しかし、この性差がどこから来るのかという点に関しては、まだ議論の余地があるようです。

 分子発生生物学者で、脳の発達と精神障害の遺伝学的研究をしているジョン・メディナの『ブレイン・ルール』[NHK出版]によれば、脳の性差はすでに遺伝子レベルから存在しているとのことです。性染色体であるY染色体上には100以下の遺伝子しか残っていないのに、X染色体上には約1500個の遺伝子があります。しかも、このX染色体上の遺伝子の多くが脳の機能にかかわっているのだそうです。
 2005年にヒトゲノムの塩基配列が決定され、X染色体遺伝子のうちのかなりの部分が脳の構造にかかわるタンパク質を生成していることが発見されました。そのなかには、言語能力や社会的なふるまいから、ある種の知能にいたるまでの、高次の認知機能の確立にかかわるとされるものもあったそうです。
 女性は父親由来のと母親由来のとふたつのX染色体をもっていますが、男性は母親由来のX染色体しかもっていません。女性は、胚細胞の段階で父親か母親かどちらの遺伝子を使うかランダムに選択できますが、男性はすべて母親由来のものを使わざるを得ないのです。
 結果、男女の脳は細胞レベルでも違いを生じます。前頭前野や辺縁系、扁桃体などの細胞の量にも男女差があるのだそうです。

 全身麻酔では、患者の意識がなくなり後に残る記憶はないはずなので、性差など関係ないようにも思われます。しかし、実際には術中覚醒記憶を経験するのは女性が多いし、ミダゾラムは男性の方がよく効くというような性差が見られます。

J. F. Antognini, et al ed. 'Neural Mechanisms of Anesthesia'
Humana Press. 2003. より
全身麻酔薬の濃度を濃くしていくと、記憶がなくなり、意識がなくなり、ついには体が動かなくなって、過量になると心血管系の破綻を来します。これには個人差がありますが、濃度に応じて失われていく機能の順は誰でも同じだと考えられます。(左図で「?」のところは、痛みなどの侵害刺激が加わったときに「記憶」や「意識」をなくすためにより高濃度の麻酔薬が必要となるのではないか、という仮定で描かれた曲線です。)



 記憶や覚醒に関するトラブルは、おそらく比較的浅い麻酔状態で生じるのではないかと考えられます。女性の方が扁桃体が大きく、麻酔薬への抵抗性が大きいと仮定すれば、女性に術中覚醒が目立つことも説明できるかもしれません。

 海馬や扁桃体あたりの脳の活動をモニターできる機器があれば、より良質な麻酔管理ができるようになるかもしれませんね。

 ひな人形を見ながら、そんなことをとりとめもなく考えました。