2013年11月21日木曜日

医者を作る前に人を作ることの大切さ

 厳しい「受験戦争」を勝ちぬいて晴れて医学部に入り、たくさんの知識を詰め込んで国家試験に合格して、初期臨床研修で二年間臨床現場でもまれて、ようやく医者になれる、というのが今の医師の育ち方です。



 この過程の中で、人としての医師の社会性というのは、どこで形成されるのでしょうか?養老孟司さんは、『江戸の知恵』(PHP研究所)の中で、こう言っています。

「教育とは本来人間を訓練するものですが、いまの若い人たちは、動物を訓練するようなものだと思っている。人間を訓練するということは、何かの能力を身につけさせるなどという単純なことではなく、簡単にいえば『社会性を身につけさせること』です。」

 では、「社会性」とは何なのか?









 門脇厚司氏は、「社会性」とは、今の社会にうまく適応できることを意味しているが、もう一歩踏み込んで、私たちに求められているのは、社会に適応する能力を超えた、社会を変えていく能力すなわち「社会力」であると述べています。
 この「社会力」とは端的に言うと、「人が人とつながり、社会をつくる力」のこと。つまり、様々な人たちといい関係をつくることができ、つくり上げたいい関係を維持しながら、それまで自分が学んで身につけた知識や、努力して習得した技術や技能などを、自分が生きている社会のそこここで、誰かのために、あるいは何かのために役立てようと、自分から進んで発揮し活用することだと述べています。(門脇厚司『社会力を育てる 新しい「学び」の構想』[岩波新書]






 「受験戦争」では、一定の合格者の網にかかるため、他人を蹴落とすような競争が当たり前でした。人のためではなく、自分のために勉強をしてきた、と思っている学生が多かったのではないでしょうか?
 できるかできないか、という評価の仕方では、やはり自分の能力にしか目がいかず、「周りの人とうまくやっていこう」とか「人を助けよう」という意識が、育ちにくいのではないでしょうか?

 初期研修の中で、だんだん医師としての実力をつけてくると、最初は耳を傾けることができていたナースの声もうっとおしく思えてくる。病歴聴取をしていて、余計なことをしゃべり出す患者をうるさく思うようになってくる…。
 こうした考え方が出てくるのも、「自分の仕事は世間のためにあるという公共心」「自分は人との関係性の中で生かされている」という社会性を忘れたところから生まれてくるのかもしれませんね。



 近江商人の「三方よし」の精神というのがあります。
 「売り手よし、買い手よし、世間よし」というものです。
 これは、商売の相互を尊重するだけでなく、その地域の社会までも尊重の視野に入れているところに特徴があります。(平田雅彦『江戸商人の思想』[日経BP社]

 スタッフや患者の言葉に耳を傾けず、自分のやりたいようにやるのは「売り手よし」だけ。これは、いわば、誰のためにも働かず、ただ給料をもらうような姿勢ですから、商売自体なりたちませんね。
 風邪をひいたといって受診に来た患者に抗生物質を処方するのは、「売り手よし、買い手よし」かもしれません。しかし、安易に抗生物質を処方してしまうと、地域社会に耐性菌の温床を作ると考えられています。ですから、小児科領域では、最近は安易に抗生物質の処方はしない方向になっているそうです。こうした考え方が、「三方よし」なのかもしれませんね。