2013年11月16日土曜日

給料を上げれば人はやる気が出るだろうか?

 今日は、野鳥遊園で夜間のライトアップのイベントがありました。桂坂の日本文化研究センターのレストラン赤おにのご主人が用意した豚汁が無料でふるまわれ(ただし、先着80名まで)、きのこご飯が60食販売されました。
 ふだんは、閑散とした野鳥遊園も今夜は大勢の見物客でにぎわっていました。
小径はLEDの照明で照らされていました。

左手の岩の端にカモが二羽たたずんでいました。

 さて、仕事をするときの「やる気」は、どうしたら出るのでしょうか?給料を上げれば、職員はやる気を出すのでしょうか?…というのが、今日のテーマです。

 経営者側からみれば、「どうすれば思うとおりに社員を働かせることができるか」という設問にもなります。
 だれかに何かをさせる、いちばん確実で、いちばん回りくどくない方法は、尻を蹴飛ばすことなのだそうです。これを、英語ではKITA(Kick in the pantsの文字を組み合わせている)と呼ばれています。(DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部編訳『新版・動機づける力 モチベーションの理論と実践』[ダイヤモンド社]より)この尻を蹴飛ばす方法(消極的かつ肉体的KITA)は、過去には(軍隊などで)よく用いられた手法です。しかし、これには、①野暮である ②多くの組織が大事にしている温情主義の看板を傷つける ③肉体的な制裁は自律神経を直接刺激し、しばしば消極的反応を招く(社員も仕返しに尻を蹴飛ばす)という三つの欠点があります。

 では、あなたに「これを、私のため、あるいは会社のためにやってくれれば、ボーナスや手当、身分や昇進、そのほか会社としてやれることは何でもしてやろう」と言ったとしたら、あなたのモチベーションを高めることになるでしょうか?先の消極的KITAが暴力だとすれば、この積極的KITAは、誘惑ですね。
 実は、誘惑に負けるほうが暴力を振るわれるよりもずっと不幸です。暴力は不運な事故として済ませられますが、誘惑は自堕落を思い知らされるからです。
 
 「人はどうすれば思いどおりに働くか?」という問いに対して、フレデリック・ハーズバーグは、「動機づけ・衛生理論」(あるいは「二要因理論」)を1968年に提唱しました。この理論に関する論文は、これまでに実に100万部以上のリプリントが売れているという歴史的な名論文なのだそうです。



 この論文が明らかにしたのは、「仕事への満足(そしてモチベーション)に関連する諸要因は、仕事への不満足を生みだす諸要因とは別物である」という点です。つまり、仕事への満足の反対は不満足ではなく、むしろ仕事への満足が抱けないことであり、不満足の反対も満足ではなく、不満足が存在しないことなのです。
「動機づけ要因」が満足の源、
「衛生要因」は不満の元、というのが
見てとれますね。


 ハーズバーグによれば、成長ないし職務に内在する「動機づけ要因」(motivator)には、達成、達成の承認、仕事そのもの、責任、それに成長あるいは昇進といったものがあります。一方、不満足の回避ないし仕事意外のところに存在する「衛生要因」(hygiene factors)、すわちKITAは、企業の方針と管理、監督、対人関係、作業条件、給与、身分、それに福利厚生などです。
 ハーズバーグは、1685人の社員のサンプルから抽出された、仕事への満足と不満足の原因となっている諸要因を調べました。その結果、動機づけ要因が仕事への満足の原因であり、衛生要因が不満足の原因になっていることが明らかになったのです。だから、給料を上げるということは、不満足の解消にはなっても満足にはつながらないのです。(逆に給料を下げることは、確実に不満足を募らせるのです)





 ダニエル・ピンクは、このハーズバーグの理論を継承して、これからの時代に必要とされるのは、モチベーション3.0〉だと言いました。(ダニエル・ピンク『モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか』[講談社]


 〈モチベーション1.0〉は人間は生物学的な存在なので生存のために行動する、とみなしたOS(基本ソフト)。〈モチベーション2.0〉は、報酬と処罰(いわゆるアメとムチ)が効果的だとするOS。そして、〈モチベーション3.0〉は、人間には、学びたい、創造したい、世界をよくしたいという第三の動機づけがある、とみなしたOS。
 ダニエル・ピンクによれば、この〈モチベーション3.0〉には三つの要素があります。すなわち、①自律性 ②マスタリー(熟達) ③目的 の三つです。

 自律性というのは、だれにも頼らず一人でやっていくという個人主義ではありません。自律性とは、選択をして行動することを意味します。つまり、他者からの制約を受けずに行動できるし、他者と円満に相互依存もできる、ということです。この後半部分が大事ですね。
 医師の場合、各科の専門医は、文字通り専門家と言ってよいでしょう。しかし、内田樹氏の定義に従えば、「専門家とは、他の専門家とコラボレーションできる」人のことです。(「何でもできる専門家」というのは形容矛盾ですね)そういう意味で、今、自分に足りないもの、自分ができないこと、自分が知らないこと、その欠如や不能ゆえに、現に困惑していることを言葉に表現できて、他の専門家に適切な援助を依頼できることも「自律性」の条件と言えるかもしれませんね。

 マスタリー(熟達)とは、何か価値あることを上達させたいという欲求です。切磋琢磨(せっさたくま)という言葉がありますね。切は骨、磋は象牙、琢は玉のこと、これらを磨するというのはみがくことで、切磋琢磨は、学問修養にはげむという意味があります。医学・医療の世界も日進月歩でどんどん新しい考え方や治療法が現れます。これらを吸収していくのは切りがない分やりがいもあると言えそうです。

 最後の要素が目的。案外、この目的が明確でないままに仕事を続けている人が多いのかもしれません。たとえば、病院で働く職員だったら、働く目的はけっこうしっかりしているのでは、と思って「あなたは何のために働いているのですか?」という質問を投げかけてみると、「(自分と家族の)生活のため」とか「お金を稼ぐため」といった答えが返ってくることがあります。
 ドラッカーは、「利益を企業の目標にしてはいけない」と強調していました。彼は、「会社は社会のために存在し、利益のためではなく、人間を幸せにするために存在している」と言いました。(P.F.ドラッカー『マネジメント』[ダイヤモンド社])この「企業」を「一人ひとりの職員」と言いかえても、この言葉は当てはまるかもしれません。

 以上から、給料の額をモチベーションにしている限り、仕事をしていて満足感を得ることは少ないことが分かります。給料が上がるというのは、〈モチベーション2.0〉にあたり、ハーズバーグの衛生要因にあたるので、「満足感につながる」のではなくて、「不満の解消にしかならない」からです。