このごろ都で流行(はや)るもの。
夜間(やかん)昼間(ひるま)の別問はず、
アッペアッペにまたアッペ。
神がお留守の神無月(かんなづき)。
月が変はりてまだ七日(なのか)。
この間(かん)、市立(いちりつ)病院が
受けたアッペが十件だ!
はやり病か悪戯(いたずら)か。
はたまた神の 置き土産。
老若男女(ろうにゃくなんにょ)みなアッペ。
世間一般、「盲腸」と
呼び慣わした この病(やまひ)。
かつては、腹部単純と
検査所見と触診で
「たぶんアッペ」と診断し、
オペしてみれば
正常な
アッペのこともあったげな。
単なる急性腸炎を
アッペと思ひて 腹を裂く。
そんな手術ぞありにける。
そのかみ、急性腹症で
鑑別すべきものなれど、
誤診も多く 切ってみて
「ノルマーリス(正常)」と
口々に 外科医落胆臍(ほぞ)をかむ
そんな病であったげな。
「腹単で、右下腹部の糞石(ふんせき)と
立位で背骨が 右に折れ
ただそれだけで アッペだと 診断できる」
斯(か)く斯(か)くと
放射線科の 前部長 語りし事ぞ
今昔。
このごろCTスキャンてふ
便利な器械のお陰かな
正診率は格段の
進歩を見せておりまする。
神無月なる十件の
所見はすべてアッペなり。
つまり誤診ぞ皆無(かいむ)なる。
CTスキャンの威力かな。
神無月なるアッペをば、
ふり振り返り 見てみれば、
腹単なしの即CT。
そんなケースも目立ちます。
高い医療費かかれども
いらざる開腹 減るならば
それもひとつの選択肢。
さらに最近流行るのは、
お腹を裂かず、
信州の、否、侵襲の
少なき事を善しとする
腹腔鏡なる道具をば
用ひて行ふ手術なり。
そのため、麻酔ぞ必然に
全身麻酔となりにける。
孔(あな)も今では単孔の
臍(へそ)にひとつの孔のみで
難なく 虫垂切除術。
神無月なるアッペでは
一件のみが 従来の
開腹術てふ 手術なり。
あとはラパロで済み候(そうろう)。
終わりて見れば 腹壁に
傷は目立たぬ出来上がり。
臍の綿こそ このごろの
アッペの痕(あと)の 証(あかし)なれかし。