2013年10月6日日曜日

薄明の中で麻酔管理について考えた

 高校生の頃、定期試験前にクラブが休みになると、日ごろのサボリがたたって、試験準備のために一夜漬けをよくしたものでした。

 そんなとき、ふと気がつくと夜明けになっていることがありました。あの頃から、夜の闇の中に朝の光がわずかに混ざった、濃い青色の空気に満たされた外気が好きでした。
 英語では、twilight。日本語では薄明と呼ばれる時間帯です。
夜明け前の薄明

 夜明け前の薄明は好きだったのですが、日没後の薄明は、何故かあまり印象的ではありませんでした。朝は、静けさの中から何とも言えない力が湧き起こってくる感じがするのに対して、夕方は人々が活動する騒がしさが、まだ残っていたせいかもしれません。
 しかし、朝と夕方とでは、薄明そのものの質がそもそも異なっているような気がしています。
日没後の薄明

 夜明け前は、だんだん明るさが増してくる薄明ですが、日没後は、だんだん暗くなっていく薄明です。つまり、時間をt、明るさをLと表すと、時間が経過するときの明るさの変化率は、dL / dtで表現できます。このとき、朝の変化率は、Lがどんどん大きくなっていくので、dL / dtは正の値になっています。一方、夕方の変化率は、反対にLがどんどん小さくなるので、dL / dtは負の値になっています。Lがまったく等しい朝夕の一時点の薄明であっても、じっと見ている間の変化率は、正と負で正反対になっているはずです。
 ひょっとしたら、この変化率の違いが、朝の薄明を魅力的にしている原因かもしれないな、と思うのです。

 この薄明の変化率と同じような考え方は、手術中の麻酔管理においても時おり遭遇することに気づきました。
 麻酔中、単に収縮期血圧が80 mmHgだから昇圧剤の投与が必要だ、と即断はできません。たとえば、これがクモ膜下腔に局麻薬を投与した直後で、最初120 mmHgあった血圧が、1分ごとに測定していると、100 mmHg→90 mmHg→85 mmHgと低下してきた後の80 mmHgであれば、昇圧剤を投与すべきです。
 しかし、70 mmHgまで低下した血圧に対して、すでにフェニレフリンを投与した後の80 mmHgであれば、あわてて追加投与をせずに、昇圧するか否かを確認すべきです。
 要は、血圧の絶対値にとらわれるのではなくて、その前の血圧の値を参考にしつつ、変化率が正なのか負なのかで対応を変えなければならない場合があるのです。
静止したモニター画面だけでは判断できない数値もある

 さらに、麻酔が薄明よりも複雑なのは、時間とともに変化する変数(パラメータ)が、生体の場合、収縮期血圧だけではなくて、脈圧、脈拍、CVPなど複数あることです。たとえば、直前の脈拍が70 / 分(血圧は120 mmHg)であったものが、急に50 / 分と徐脈になっての80 mmHgであれば、迷走神経反射を疑ってアトロピンを投与した方がよいかもしれませんね。

 目の前の数値にとらわれて右往左往せず、全体像を見る、トレンドを把握する、ときには術操作との兼ね合いを考える、という「ものの見方」が大切なのだろうな…と薄明の中で考えているうちに、夜が明けてきました。
そろそろ日の出です