昨年は、院外からAr先生とMw先生という二人の専攻医(後期研修医)が、京都市立病院の麻酔科を研修先に選択して下さいました。それ以前には、麻酔科を専攻しようとする初期研修終了者が、京都市立病院を選ぶことはありませんでした。この理由のひとつには、当院に心外がない、ということがあげられるかもしれません。将来、麻酔科専門医の資格を取得する際にも、心外の麻酔症例が必須症例のひとつとなっているので、研修病院としても不安が残るのでしょうか。
心臓麻酔のトレーニングということであれば、大学や近隣の病院に行って心臓麻酔を経験するという方法もあります。実際、いくつかの大学の麻酔科学教室や心臓外科のある病院に、将来専攻医や医員を受け入れてもらうという準備は整いつつあります。
確かに、ひとつの病院で、すべての症例が経験できるのがベストかもしれません。しかし、考え方次第では、週に一度か二度ある心外の症例を、複数の専攻医で取り合って細々とトレーニングするよりは、心外をどんどんやっている病院で、短期間に集中してトレーニングする方が力がつくこともあるかもしれません。
術中の麻酔管理というのは、術者の技量にも左右される面があるのは確かです。手術時間や出血量などは、輸液管理や輸血の有無に関しても影響を及ぼします。とりわけ、心臓手術などは、術者の技量に大きく左右されるのではないでしょうか?それだけに、心外があればよい、というだけの問題ではなさそうです。
ぼくが、かつて小児科研修をしていたとき、京都市立病院の小児科には、小児心臓の専門の先生はおられませんでした。その中で、ぼくを指導して下さったSz先生は、第一日赤の小児科に通って、小児心電図と小児心エコーの技術を修得し、京都市立病院の小児科で心エコーの外来を確立されました。
そのSz先生に言われた言葉が今も心に残っています。
「この病院で足らないものはいっぱいあるけど、この病院でできることを全部吸収しなさい」
そもそも、ぼくが卒後の研修先に市中病院を選んだのは、肺炎、喘息といった、いわゆるコモン・ディジーズ(ありふれた疾患)を診られるようになりたいとの希望があったからでした。
麻酔科での研修も同じで、ありふれた手術の麻酔すら満足にできないのに、いきなり心外の麻酔を会得しようとしても無理が生じるかもしれません。ちょうど、小児科で最初に白血病患者を診ると、特殊な抗生物質の使い方を先に覚えてしまうような感覚でしょうか?
医療の他の領域と同様、麻酔科も経験したことを省察しながら、次の経験を積み上げていくものです。経験の垂れ流しでは成長は望めませんが、ある程度の量としての経験を積み上げていくことは大事だと思われます。だから、大事なのは、ありふれた症例だから流すのではなく、ありふれた症例だからこそ、ていねいに扱えるような指導体制を確立することかもしれませんね。
今日のBGM
ビル・エバンス・トリオの《ユー・マスト・ビリーブ・イン・スプリング》。
ビル・エバンスの後期のアルバムの中でいちばん気に入っているアルバムです。とくに、B面一曲目の〈ザ・ピーコックス〉は、とても美しくて、ちょっともの悲しい、素敵な曲です。