『呼吸のトリビア』(2009年)の続編です。臨床呼吸機能講習会において、ちょっとの息抜きにと始めた「呼吸に関するトリビアのプログラム」が好評を博して、ついに本になったものです。
ヒトの呼吸ばかりでなく、アザラシ、アルパカ、カエルにコウモリという他種動物の呼吸にまで話が及んでいて面白かったので、続編が出たと知って、即購入してしまいました。
続編にも、ヘビとかゾウの肺に関する項があるのですが、今日はヒトの話で興味をもった項を紹介します。
「長引く咳の原因は???」という項には、咳嗽に関する最新のガイドラインが紹介されていました。
以前に勤めていた病院では、呼吸器外科の手術の際には、開業されている元呼吸器外科医のY先生が応援にみえていました。
あるとき、風邪をひいた後に、ひと月以上経ってもなかなか咳だけが治まらず、息を吸い込むという刺激だけで咳が出てしまうようなときに、呼吸器外科の麻酔を担当したことがありました。Y先生は、手術のかたわら、こちらの咳の様子をみていて、「その咳には気管支拡張薬とステロイドの吸入が効きますよ」と教えてくれました。気管支喘息の既往などがなくても、このタチの咳には喘息と同様の治療が有効なのだと教えていただきました。そして、その処方通り実行したら、あれほど長引いていた咳がウソのようになくなってしまった経験があります。
咳嗽の分類(『呼吸のトリビア2』より) |
風邪の急性期を過ぎて、ひと月以上経っても続く咳嗽には感染はほとんど関与しなくなっています。ただ、気道の過敏性が残るので、冷気や乾いた空気を吸った刺激で咳が出るようです。このように長引く慢性的な咳嗽があるとき、咳喘息という診断がつくことがあります。
日本呼吸器学会の咳嗽に関するガイドライン第2版(2012年)では、咳喘息の診断基準は次のように単純化されたそうです。
1.喘鳴を伴わない8週間以上の咳嗽(聴診上wheezeを伴わない)
2.気管支拡張薬(β2刺激薬あるいはテオフィリン薬)が有効
という二項目を満たすものという非常に簡単な診断基準に改訂されました。咳喘息の第一選択薬は、典型的喘息と同じく、気管支拡張薬と吸入ステロイドなのですね。
麻酔科の術前診察でも、喘息の既往がある患者さんには気をつかいます。今現在症状がなくても、全身麻酔で気管挿管されたときなどに過敏な気管を刺激して喘息を誘発することもあり得るからです。
しかし、過去に喘息があると指摘された患者さんの中に、よく話を聞いてみると、典型的な気管支喘息ではなく慢性咳嗽を咳喘息と診断されたようなエピソードをもった方を時おり見かけます。「成人になって、一度だけ喘息と言われたが、持続的な投薬は何もない」といった患者さんは、咳喘息だった可能性があります。これだと目下のところ症状がなければ、喘息のリスクは考えなくてもよさそうです。
ただし、風邪の後で、炎症所見はみられなくなったけれども、咳だけが続いている患者さんに全身麻酔で気管挿管が必要な場合には、術中や術後に気管支拡張薬を投与した方がよい場合があるかもしれませんね。