2013年4月6日土曜日

誰がための術前検査か?

桂坂野鳥遊園の桜
手術前には、術前検査と称して血液検査や胸部レントゲン、心電図検査などが行われています。

 京都市立病院麻酔科では、昨年来、この術前検査を簡素化できないかと議論がなされています。








 そもそも術前検査は何の目的でするのでしょうか?

 たとえば、糖尿病を患っている患者であれば、手術直前に血糖値がどの程度コントロールされているか、腎機能は大丈夫か、心電図に異常はないかなどを知るために術前検査は必須となるでしょう。このようにすでに知られた疾患の程度を評価するための術前検査があります。
チック・コリア『フレンズ』(1978)

 一方では、手術を受ける患者に対してスクリーニング的になされる術前検査があって、これがくせ者なのです。手術を受ける患者は、家族歴、病歴、身体所見ともに異常がない場合でも一連の血液検査、心電図、胸部レントゲン撮影、場合によっては呼吸機能検査までしなければなりません。

 稲田英一先生は、こういったスクリーニング的な術前検査は「コストパフォーマンス的には優れているとは言えない」と言っています。そして、「検査所見の異常の多くは患者の病歴や身体所見などから示唆されるので、術前検査は、それらの異常の程度の評価を行い、それによって手術法や麻酔方針の変更が必要になる検査を行えばよい」と結論しています。(稲田英一:術前評価における術前検査の役割.日臨麻会誌.25 (7), 582 - 587, 2005
マイルズ・ディビス
『ウォーター・ベイビーズ』(1976)

 今回麻酔科より提案した術前検査ガイドラインでは、無症候性患者については、術前の呼吸機能検査を省略しました。
 また、無症候性患者のうち、「小児については、原則として凝固系検査は不要」という項目を追加しました。
 ところが、昨日の手術室業務委員会で、小児科のO先生から1歳以下の小児ほどかえって凝固系検査が必要なのではないか、との指摘を受けました。

 O先生は、這い這いを始めた6ヶ月の男児の親が、下肢に点状出血が出るという主訴で受診し、念のため凝固系検査をしたところ、 APTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)の延長を認めた症例を最近経験されたそうです。家族歴には、何も異常はありませんでした。
ドリームズ・カム・トゥルー
『LOVE GOES ON・・・』(1989)

 この男児は、結局第Ⅷ因子の活性が1%しかなく、血友病と診断されました。血友病は、X遺伝子上にある伴性劣性遺伝子であるため、母親が保因者の場合は不顕性となります。
 この男児が、たとえばそけいヘルニアで手術を予定されていたとしたらどうでしょうか?家族歴異常なし。妊娠経過、生育歴にもとくに異常なし。そして、もしも術前検査で凝固系検査をしていなかったとしたら…。
 術中、止血に手こずり、術後は創部に血腫ができていたかもしれませんね。
エリック・クラプトン
『レプタイル』(2000)

 小児科のO先生によれば、血友病は、患児が歩き始めたときに足首が腫れるという症状で見つかることが多いので、凝固因子の活性の程度にもよるけれども、1歳半を過ぎたころには診断がついていることが多いとのことでした。とすれば、小児の術前検査で凝固系を省略するというのは、1歳半以上の無症候性の小児についてであって、血友病などのスクリーニングのためには、1歳半以下の小児は、かえって検査が必要だということになりそうですね。




(今回の写真は、文章から得たインスピレーションで選んだもので、文意と直接の関係はありません)