2013年8月31日土曜日

八月の終わりに冷静になって考えた

 明らかにブログには中毒性があります。書くほうにも、読むようにも、と指摘しているのは、日垣隆氏です。(日垣隆『知的ストレッチ入門 すいすい読める書けるアイデアが出る』[大和書房]



 この『京都市立病院麻酔科ブログ』を始めたのが、2012年11月17日でした。それから、今日までの288日間に、書いたブログが277件。毎日書くようになったのは、11月26日からなので、実際には、279日間に277件の記事を書いたことになります。抜けたのは、家族旅行に出かけた二日間だけ。ウェブのしがらみを忘れるために、携帯電話とkindle以外の電子機器を持たずに出かけたための空白でした。
 毎日書いたとは言っても、厳密には、仕事の関係で、その日の内にアップできなかったことも二、三日ありました。そんな日は、よく見ると同じ日に二件のブログが書かれています。

 
 



 『京都市立病院麻酔科ブログ』の目的は、ふたつありました。
 ひとつは、将来の職業選択として麻酔科医を考えている医学生や初期研修医などの若い世代へのアピール。ウェブを利用して発信することは、日本全国はおろか、世界中に情報を発信することになると考えられます(もっとも日本語なので、日本語を理解できる一部の人々だけが対象ですが)。つまり、全国の潜在的な「京都市立病院職員予備軍」に向けての発信なのです。そして、もうひとつの目的は、手術室ないしは病院内での「和」(なごやかなコミュニケーション)の場として活用する、ということでした。
 最初の目的に関しては、最近になって、病院見学に来て下さる医学生や転職を考えておられるドクターなどが「ブログを見た」といって訪問して下さったことからも、その効果はわずかながらもあったと証明されました。
 また、「和」への貢献については、手術室外の院内職員も見ている、という声を聞きました。手術室という、閉鎖的な空間という職場の特殊性から、同じ病院内でも「中で何をやっているのか分からない」という側面があります。手術室外の病院職員に向けて、私たちの日ごろの仕事を発信することは、コミュニケーションのきっかけとしても有効となるかもしれない、と考えています。

 先の日垣氏は、そもそも署名主体なき文章には責任が伴わない、ということをショウペンハウエルの「匿名こそ文筆的悪事、特にジャーナリズムの悪事一切の賢固なとりで」という言葉を引いて述べています。
 この『京都市立病院麻酔科ブログ』も無署名で書いていますが、看板に「京都市立病院」とつけているので、個人の勝手な発言は慎んでいます(少なくともそう努力しています)。また、患者さんおよび職員のプライバシー保護の観点から、記事の中では、患者さん個人を特定できないように配慮するために、顔写真を出さないのは当然ですが、時には日時をわざとずらして掲載したりもしています。さらに、記事内容への抑止力として、ブログの内容は、病院の事務方責任者に、毎日チェックしていただいています。これまでも、二度ほど「不適切と思われる文言ないし映像」があったために、修正をするようにご指摘を受けています。(仕事とはいえ、毎日目を通していただいて、ありがとうございます)

 今では、京都市立病院のホームページにもこのブログをリンクとして載せていただけるようになりました。おかげさまで、毎日のページヴューは200件前後、総ページヴューも51,000件を超えました。目を通していただいている方々には感謝しております。ありがとうございます。

 誰にも読まれないブログなどは、サイモンとガーファンクルが'Sounds of Silece'で歌ったように、'People writing songs that voices never shared'(決して歌われることのない歌を書いている)ようで、虚しくなってしまいますから…。








 日垣氏は「そもそも、ブログを毎日欠かさず更新し続けられる人は、一部のプロか、決壊寸前の問題をたくさん抱えていたか、書くのが相当に速いか、それを仕事の1つにしているか、よほど暇なのか、私事なのに勤務時間中にやっているか、のどれかでしょう」と分析しています。

 さて、ぼくの場合はどの項目に当たるのか、ご想像にお任せします。ただ、家族との触れ合いの時間が割かれているのは確かなので、今後は家庭不和に陥らない程度に気をつけたいと反省しております。

 残暑お見舞いともども、今後ともよろしくお願い申し上げます。