2013年9月14日土曜日

ハプンスタンス・アプローチという考え方

 初期研修で麻酔科をローテしてくる先生方の中には、早くから将来専攻したい診療科を決めているという方もいます。

 将来、麻酔科専攻を考えていないという研修医の先生でも、麻酔科医としても立派にやっていけそうな先生がおられます。こういう「優秀な」先生方は、偶然出会った機会を最大限に利用することができる方のようです。つまり、麻酔科に適しているというよりは、状況判断力、問題解決力、コミュニケーション能力などが優れているのです。
 一応の将来の専攻科を決めていても、おそらく、そういう先生方は、心を開いて、目の前に提出された機会を十分に活かそうと考えておられるに違いありません。そのような先生方は、おそらくどこの科をローテーションされても重宝がられるに違いありません。

クランボルツ+レヴィン
『その幸運は偶然ではないんんです!』
(ダイヤモンド社)

 卒後臨床研修では、一応のプログラムが組まれています。しかし、そこには、偶然の出会い、思わぬ経験、想定外の体験などが満ちあふれています。スタンフォード大学教育学・心理学教授のクランボルツ氏は、こうした人生やキャリアを思わぬ方向へと運んでくれる経験偶然の出来事(happenstance)と呼びました。

 卒業したときから、「おれ(私)は○○科に行くと決めています。だから、修めるべきテクニックはこれこれで、読むべきテキストはあれとこれ、将来は留学もしたいので、今から英会話も勉強してますっ」と未来永劫にわたってキャリアの赤い絨毯が敷かれているように考えておられる方も時おり見かけます。
 その道を貫いた人は、それはそれですごいことだと思います。でも、世の多くの研修医の先生方は、初期研修の間にいろんな科を回っている内に、進路について迷いが出てくることがしばしばなのではないでしょうか?



 初期研修の間に、最初に目指していた診療科とは違った科に興味が出てきたらどうするでしょうか?あるいは、もっと極端な場合、医師そのものに興味が持てなくなったらどうするでしょう?
 遊ぶ時間も削って受験勉強をして医学部に入り、高い授業料を払って、6年間も医学部で学び、教科書代に何十万円もつぎこんで、国試に合格。そうして、ようやく医師になった研修医は、「今さら医者を辞めたら、これまでの投資が無駄になってしまう。だから、とにかく、医者を辞めずに、自分に合った診療科を探そう」と思うのではないでしょうか?

 今の卒後初期臨床研修制度では、外科系から内科系まで、幅広く研修をする機会が与えられています。いろんな科をローテーションして、いよいよ医学、医療に興味を持てなくなったら、いっそ他の道を考えた方が幸せになれる場合があるかもしれません。
 ぼくの高校時代の同級生には、東大の理三を卒業して、いったんは医者になったものの、その後寿司屋になったつわものがいます。最近では、京大医学部を出て医師となってから、プロの囲碁棋士に転向された坂井秀至さんという方もおられます。
 「計画を変更することは失敗ではありません。計画が変化することは、まったく自然なことなのです。学習を重ねるにしたがって、もともとの夢がもはや自分に合わないものになっていることもあるでしょう」と、クランボルツ氏は述べています。
 要は、それまでのキャリアあるいは人生の一時期に「投資した金額と時間」に縛られてしまうと、ほんとうにやりたいことが見つからなくなってしまう場合があるということです。

 自分がほんとうにやりたいことが分からないからといって、何もしないでいては、いつまで経っても状況は変わりません。
 
ベースを極めたい。でも、ベースにはこだわらない。
それは、手を抜くという意味じゃないのよ。
「チャンスを見つけるために積極的に行動を起こすことが、自分の幸運をつくりだすことにつながる」
のだそうです。