2013年12月21日土曜日

「〜と思い込む」罠


 新館手術室の更衣室にあるトイレは、人が入ると自動的に照明が点灯します。また、新館の階段踊り場にある蛍光灯も、しばらく人が通らないと、照度が少し落ちて、暗くなります。誰かが階段を上り下りすれば、また明るくなる仕掛けがついています。

 フタを開けるときれいな音楽の演奏が始まるオルゴールには、どこかに細い針金が出ていて、フタがこの針金を押さえると演奏が止まり、フタを開けて針金が飛び出すと演奏が始まる仕組みがついているものがあります。






 佐藤雅彦さんは、『考えの整頓』[暮らしの手帖社]の中で、このオルゴールの仕組みについて、こんな風に考察しています。


 『開閉式のオルゴールは、「聴く人がいる/聴く人がいない」という外界の違いを蓋の開閉で判断する機構を持っていて、そのことで「音楽を奏でる/音楽を奏でない」というように自分の状態を遷移することができる。そして、判断する仕組みである小さな針金の突起を指で押されると、蓋が閉まったものと思い込み、音楽を止める』

 トイレの照明を点灯したり、階段の明るさを増したりしているのは、オルゴールの針金の代わりに、人の存在を感知するセンサーがついているためです。情報工学の世界では、このような外部の入力により内部の状態を遷移させるような仕組みを『有限状態遷移機械』と呼ぶのだそうです。
 「〜と思い込む」のは、トイレや階段の場合、たとえばそこに現れたのが、クマやエイリアンであったとしても、たぶんセンサーは「人が来たと思い込み」作動するのでしょうね。

 「〜と思い込む」と表現した方が、内蔵されたセンサーなどで『外界の状態に合わせて自分の状態を変化させる』と表現するより、人間ぽくって微笑ましくなります。

 でも、この「〜と思い込む」というのが医療現場などで、人が関与した場合には、深刻な事故を引き起こす場合があるのです。

 中田亨『ヒューマンエラーを防ぐ知恵 ミスはなくなるか』[化学同人]には、冒頭に、1999年に横浜市立大学病院で起きた患者取り違え事件のことが取り上げられています。この事件は、心臓を手術する予定の患者と、肺を手術する予定の患者を取り違え、それぞれの健康な心臓と肺を手術してしまったというものでした。
 それぞれの担当者が、別の患者を自分の患者だ「と思い込み」、手術に至った例です。

 京都市立病院では、手術室に来る患者さんには、ネームバンドをしてもらい、左右の別がある手術では、主治医が患者さんの体に直接「みぎ」「ひだり」を銘記して、入室前には患者さん自らフルネームを名乗っていただいて、「〜と思い込む」のを極力回避しています。
 前日術前訪問して患者さん自身に面会していても、化粧を落とし、眼鏡を取り、入れ歯をはずし、帽子を被ると、人相はぐっと変わってしまうものです。ましてや、患者さんは、みな同じ術衣を身にまとっていますから、ますますモノトーンに見えてしまいがちです。

 医療現場では、オルゴールの針金を誰かがいたずらで押して音楽が止まったことでも「蓋が閉まったと思い込む」ことは許されないのです。
このオルゴールのセンサーは変わっています。
蓋が水平位になると音楽が止まり、
垂直位になると音楽を奏でます。