2013年12月2日月曜日

意見がなければ、英語も日本語も話せない

 日本人による「英語で話す行為」と英米人のそれとは明らかに違う、と狩野みきさんは主張しています。

 狩野さんは、長年、大学で英語教育にたずさわってきました。その経験から、日本で教育を受けてきた学生の多くは、文法にしても語彙にしても、ひいき目なしにかなりの英語力をもっていると言えるそうです。
 しかし、「英語で話す行為」を観察していると、自国語でないというハンデを差し引いても、英米人に比べると日本人のほうが話す内容量も圧倒的に少なく、「私にはどうしても伝えたいことがある、ぜひ聞いてほしい」というほとばしる情熱のようなものを感じることがあまりないのだそうです。
狩野みき『「自分で考える力」の授業』
(日本実業出版社)

 これは、「意見の濃厚さ」の差ではないか、と狩野さんは分析しました。英米人は何かにつけて意見を言い、その上、かなり濃厚に自分の意見について説明してくるけど、日本人は意見をあまり言わないし、言ったとしてもかなりあっさりとした言い方になるのだそうです。

 何事に対しても、「理解を深める」「その根拠を明らかにする」「視点を広げて考える」「未来を予測して考える」という習慣を身につけることが大事だと狩野さんは説いています。

 英米人に比べると、日本人は「何かおかしい」、「何か納得がいかない」という感覚をそのまま放っておく傾向があるのだそうです。
 大事なのは、「?」ということに気づいて、モヤモヤした感情を認めてやること。それが出発点。そして、そのくすぶっている気持ちに正面から向き合って「何か納得がいかない、と感じるこの気持ちは何?そう感じるのはなぜ?」と自分に問いかけ、その正体を探ること。なぜその感情を持つのか、根拠を探ることによって、自分にとって大事なことがわかるようになる、のだそうです。

 考えるクセを忘れて自分の意見を持たないでいると、人は周りの意見を鵜吞みにして、流されて行きかねません。何となくモヤモヤして「?」と感じつつも「ま、いいか…」と考えることを先延ばしにしているうちに、第二のヒトラーが現れるかもしれません。

 寺山修司さんは、かつてこう言いました。
 「ぼくは、アクビをする人間は戦争犯罪者よりもっと悪いとおもっている。自分が生きていくことに対して情熱を失うぐらいおそろしいことはない。」