2013年12月7日土曜日

偽の危機感に要注意!

 「昔々、氷に覆われた南極の、現在はワシントン岬と呼ばれている辺りの氷山にペンギンたちのコロニーがあった。」

 こんな書き出しで始まる『カモメになったペンギン』(ダイヤモンド社)は、ずっと以前からペンギンたちが暮らしていた氷山が溶けていて、もうすぐ崩れるということに気づいた一匹のフレッドというペンギンが、事の重大さに気づいて、仲間たちの意識変革を促して、危機を脱する、という寓話です。
 作者は、組織変革の専門家、ジョン・P・コッター。彼は以前に出版した、企業変革に関する本の中で、企業変革を実現する8段階のプロセスを、この寓話の中で誰もが感覚的にとらえられるように描きました。
 コッターの8段階の変革プロセスとは、次のような内容です。

①危機意識を高める
②推進チームをつくる
③ビジョンと戦略を立てる
④ビジョンを周知する
⑤メンバーが行動しやすい環境を整える
⑥短期的な成果を生む
⑦さらなる変革を進める
⑧新しいやり方を文化として根づかせる

 この寓話を書くときに、コッターがまず頭に思い浮かべたのは、次のような質問だったと言います。

 「変革に取り組むとき、最大の失敗要因を一つ挙げるとしたら、それは何でしょうか?」

 彼は、よくよく考えた末に、次のように答えることに決めたのだそうです。

 「変革や飛躍を成功させるには、相当数の社員が強い危機感を持たなければならない。それができないことが最大の失敗要因である」

 つまり、変革の8段階のうちの第一段階の「危機意識を高める」のが肝心なのです。
ジョン・P・コッター『企業変革の
核心』(日経BP社)
コッターは、企業変革のいちばん重要な
要素として、「真の危機感をもつこと」
を挙げ、そのことだけについて、
新たに本を一冊書いています。

 危機感の浸透を妨げるのは現状肯定や自己満足だけでなく、一見するとほんとうの危機感に似ている偽の危機感も大敵なのだそうです。このような偽の危機感に駆り立てられた組織では、行動が浮き足立ってきます。次から次へと会議が開かれ、膨大な書類が作成され、誰もが忙しく動き回る。しかし、こうした行動は得てして的外れであり、無用の問題にエネルギーを使い、重要なチャンスを取り逃がしてしまうのだそうです。

 本物の危機感をもたなければ、組織の変革は起きない、とコッターは言います。この本物の危機感を高めるには、データに裏付けられた論拠だけでは不十分で、感情的に納得できる理由をあげて、心と頭の両方に訴えかけなければならないのだそうです。
 この、心を動かし行動を促す呼びかけには、五つの特徴があるそうです。

①訴えかける方法に細心の注意が払われている。
②五感すべてに訴える。
③感情に訴えはするが、感情的な反応は引き出さない。つまり、心に訴えるのは、怒らせたり、不安がらせたりすることが目的ではない。
④無理に言葉で表そうとしない。
⑤相手の視野を拡げる。外の変化に目を開かせ、新しい視点から現状を見つめさせる。
ジョン・P・コッター『企業変革の核心』[日経BP社]より

 昨日紹介した、クリント・イーストウッド監督の『インビクタス』を見直してみると、マンデラ大統領が、〈スプリングボクス〉というチームの意識改革を迫るときにとった手法が、まさに心に訴えかけるものだったことが、改めて理解できます。
 マンデラ大統領は、チーム名にもユニフォームにもエンブレムにも一切変更を加えませんでした。これは、チームメンバーに大きな安心感を与えたに違いありません。
 第一戦のオーストラリア戦の前に練習場に駆けつけたマンデラ大統領は、選手と一人ひとり握手を交わしますが、そのとき、写真で覚えた選手たちを、一人ひとり名前で呼びかけて「がんばって下さい」と言いました。
 また、1995年のワールドカップにおいては、彼らは単にひとつのラグビーチームではなく、人種融和の象徴的な存在なのであるという大きな視野を、最初の会見で会ったときに、主将のピナールに抱かせました。
 そして大事なのは、マンデラ大統領は、人種融和政策の一環として、〈スプリングボクス〉がワールドカップで優勝しなければならない、という理屈は一切述べなかったことです。黒人の子どもたちにラグビーの手ほどきをするためにチームメンバーを黒人地区に送り込み、マンデラ大統領が収容されていたロベン島の刑務所をチームメンバーに見学させました。人種差別をしてはならない、という「言葉」は一切語られることなく、彼らの心を動かしたのでした。これが、彼らを優勝に導いた要因だったのかもしれませんね。