・佐久協『21世紀論語 孔子が教えるリーダーの条件』[晶文社]
・小倉紀蔵『新しい論語』[ちくま新書]
の二冊です。
『論語』というのは、孔子とその弟子たちの言葉を集めたもので、孔子自身が直接書いたものでありません。孔子の死後に弟子たちによってまとめられたので、孔子自身の言葉だけでなく、弟子たちの解釈なども入り混じっています。さらに、後の儒教の影響などを受けて、孔子本来の考え方がゆがめられて、今に伝えられている部分もあるようです。
孔子がいた時代は、紀元前500年くらいですから、聖書が書かれるよりもずっと以前の言行録ということになります。この孔子とその弟子たちの言行録が現代まで読み継がれ、生きる上でのヒントにされていることはある意味、驚きです。
『論語』には、毎日の生活において現代人でも指針とできるような気のきいた言葉がたくさんあります。「温故知新」「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」「巧言令色、鮮(すく)なし仁」「朝(あした)に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」「義を見てせざるは、勇なきなり」等々。
これらの『論語』の言葉の断片だけを読んでも構わないのです。なぜなら、人に語って格好がいいからです。何しろ『論語』の言葉ですから、いかにも教養があるように見えてしまいます。『論語』にはそうしたブランド力があるのです。
渋沢栄一・守屋淳訳 『現代語訳論語と算盤』[ちくま新書] |
かつて、明治時代に約470社もの会社を設立し、日本の資本主義の基礎を築いたとも言える渋沢栄一という人物がいました。彼は、『論語』の言葉をひきながら「利潤と道徳を調和させる」という自らの経営哲学を説きました。これが『論語と算盤』という書物でした。この『論語と算盤』は『論語』の解説ではなく、『論語』の思想に沿って自分の思想を語っています。
佐久協氏の『21世紀の論語』も、これと同様の方法論で書かれています。
佐久氏は、『論語』に出てくる「君子」という言葉を「リーダー」と解釈しています。佐久氏は、先の東北大震災と福島第一原発事故を経て、「戦後の日本を牽引してきた財界・政界・学会・官僚組織の四本柱のことごとくが崩壊し、もはや日本には未来はないとの悲観の声が聞かれた」けれども、「今や、わたしたち一人一人が、他人まかせにせずに弛みきった日本のネジを巻き直さねばならない」のだ、と主張しています。そして、『論語』を「危機脱出の手引き書」として読み直す試みに、『21世紀の論語』という本で挑戦しています。
この本には、個人が組織人として生きていくために必要な自己管理や自己啓発法が、段階を経て具体的に提示されています。『論語』の解説ではなく、佐久協氏によるリーダーシップ論を述べた本なのです。
一方では、2500年前に書かれた『論語』の時代を考慮しながら、『論語』が表そうとしている世界や精神に忠実に迫ろうとする試みをしている本があります。
安田登氏の『身体感覚で『論語』を読みなおす。』[春秋社]は、論語が書かれた時代の文字、さらには孔子が生きた時代の文字にまで立ち返って、『論語』を読みなおしてみようという壮大な試みに挑戦しています。安田氏は、『論語』は、実は世界で最初の「こころのマニュアル」だったのではないか、と思いあたったのだそうです。
何と「心」という漢字は、孔子が活躍するほんの500年前まではこの世に存在しなかったのだそうです。ところが、中国王朝が殷から周になった頃、ある日「心」が出現した。「その突然の出現に人々は戸惑い、「心」をうまく使いこなせないままに五〇〇年間を過ごします。そんなとき孔子が現れて、人々に「こころの使い方」を指南した、その方法をまとめたのが『論語』ではないか」—安田氏はそう思ったのだそうです。
当時の文字から『論語』の解釈を試みると、ふだん流布している意味とは異なる『論語』の意味が立ち上がってきます。
小倉紀蔵氏も、『論語』を斬新な切り口で見なおしています。小倉氏の『新しい論語』は、よく引用される気のきいた文言ばかりでなく、『論語』全体を読みなおして、しかも後の世にゆがめられた部分を排除して、孔子の思想そのものに迫ろうとしています。
小倉氏は、孔子が理想とした「君子」を〈アニミズム〉的な教養をもった人間と考えました。小倉氏の言う〈アニミズム〉は、森羅万象すべてのものに神が宿るという一般的なアニミズムとは異なっています。「共同主観によって〈いのち〉を立ち現す世界観」を〈 〉つきで〈アニミズム〉と呼んでいます。
少し分かりにくい概念なのですが、「君子」に対する「小人」というのを考えると理解の助けになります。「小人」は、つまらない人などという意味ではなく、〈汎霊論〉すなわち、森羅万象すべてのものに、唯一の霊=スピリットが浸透していると考える人で、シャーマンのような人物だと小倉氏は考えています。
小倉氏は、こうした独自の言葉を定義しながら論を展開しているので、少し理解しにくいところもあるのですが、『論語』の新しい解釈をしているという点で、この『新しい論語』は、今年いちばんの目からウロコが落ちた本となりました。
う〜む、時間切れでうまく凄さが伝えられそうにないな…
……続く、かな?