2013年8月29日木曜日

越俎之罪(えっそのつみ)

 手術を控えた患者さんが、心機能や肺機能に問題がある場合や神経学的な問題をかかえているときなどに、専門の内科医に対診依頼をすることがあります。

 こんなとき、われわれ麻酔科医が内科専門医に求めているのは、手術を控えた患者さんの全身状態の評価であって、麻酔が可能かどうかを決めてほしいのではありません。しかしながら、現実には、「全身麻酔は困難と存じます」とか「全麻は可能と存じます」と返事を返してこられる先生方をときおりお見受けいたします。

 いったい誰が、実際に麻酔をかけるのでしょうね?

 内科の先生方が研修医時代に麻酔科で研修をしたからといって、彼らにそれぞれの手術に応じた麻酔計画を立てて、術中の不測の事態にも対応して、臨機応変に危機を回避する手段を講ずるだけの力があるのでしょうか?


 昔に2,3ヶ月研修した麻酔科での経験をもとに、「全麻は大丈夫」だとか「全麻は困難と思われます」などと判断を下しているのだとしたら、そういう発言はあまりにも無責任ではないでしょうか?

 オリジナルの論文を探せなかったのですが、以前JAMAに、内科医からの術前評価についての麻酔科医の見解が載ったことがあります。そこでも、同様のことが書かれていたように記憶しています。(オリジナルを見つけたら、いずれ紹介します)








 古代の中国で、許由(きょゆう)という人物が「天下をお前に譲ってやろう」と言われたときに、次のように言って断りました。すなわち「供物の世話をするのは神主さんですが、供物の料理を作っている料理人が調理場での料理がうまくできないからといって、神主さん自身が、樽やまな板を飛びこえて、料理人の仕事に口出しすることはしないでしょう」と。


 つまり、自分の職分を超えた言動をとって、他人の権限をおかす行為はしてはいけませんよ、ということですね。
 こういう出過ぎたまねのことを越俎之罪(えっそのつみ)と呼んで、戒めの言葉として古くから伝えられています。







 さてさて、初めに紹介した内科医からの「全麻は困難と存じます」という発言は、越俎之罪にあたるでしょうか?

 百歩譲って、内科医から麻酔科医への返事の中で、「全麻は困難と存じます」とコメントすることは赦すとしても、このコメントを内科医から直接患者さんに告げることは、越俎之罪にはあたらないでしょうか?