2013年8月17日土曜日

表の顔と裏の顔

 テレビでタモリを見ていて、観客を喜ばせているタモリ自身は楽しそうには見えないなと、ぼくはいつも思っていました。

 タモリが毎日、昼の時間帯の生放送である「笑っていいとも!」を、なぜ30年も続けることができたのか?樋口毅宏氏は、『タモリ論』(新潮新書)で、このナゾに迫っています。


 テレビに登場した当初、タモリは片目の海賊のように眼帯をかけて、イグアナの真似など、きわもの芸をしていました。そんなタモリが、さまざまなバラエティの司会進行役として、押しも押されぬ地位を確立していったのは、ひたすら自我を押し殺して、自分にも他人にも何ひとつ期待をしていなかったからだ、と樋口氏は分析しています。

 多くの芸人と同様に、タモリは私生活と客の前での態度がかなり異なっているそうです。

 以前、NHKの番組で、心電計を体につけて、タモリが本番に入る前と本番が始まったときの心拍数を比較していたことがありました。タモリでも本番に入ると心拍数が上昇していました。ただ、すごいなと思ったのは、本番に入ってすぐにNGとなり、撮り直しという合図が届いたとたんに、タモリの心拍数が正常値に戻っていたことでした。
 観客の目に触れたときとそうでないときの自律神経のバランスまでコントロールできているのでしょうか?

 私たち医療者も同じで、患者さんを前にしたときには、医者は医者の顔、看護師は看護師の顔になっているはずです。私たちの職場では、自分が置かれた場の状況に応じて、言葉や態度、行動を変えていくことが要求されているのではないでしょうか。

 患者さんに対して、スタッフがいわゆるタメ口で話しているのを時おり見かけますが、これは、公私の区別をつけた接し方とは思えません。プロの芸人たちと同じで、私たち医療者は、職場という舞台では「医師」や「看護師」を演じる必要がある。そして、ときに、それが偽善的に思えようとも、医師は医師らしく、看護師は看護師らしい言葉と態度で患者さんと向かい合わなければならないのではないかしらと、『タモリ論』を読んで考えました。