2013年7月15日月曜日

The needs of the patient come first.

 救急室に危篤状態の女性患者さんが運ばれてきました。その患者さんに付きそってきた娘さんは、間もなく結婚する予定でした。しかし、危篤の母親は、どうやら娘の結婚式まで生きられそうにない様子でした。さて、このような患者さんを前にしたら、私たちはどう対応するでしょうか?

 これは、アメリカ、アリゾナ州のスコッツデール病院で実際にあった話です。この危篤の患者さんの娘さんは、どれほど母親に結婚式に参加してほしかったかを病院づきの牧師に話しました。これを聞いた牧師は、直ちにクリティカル・ケア担当のマネジャーに伝えました。
危篤状態の母親の前での結婚式
スコッツデール病院のアトリウムにて

 数時間のうちに、病院のアトリウムは結婚式の会場に模様替えされ、花や風船、紙吹雪まで用意されました。クリニックの職員がウェディング・ケーキを準備する一方、看護師が患者さんの髪を整えたり、化粧を施したりして結婚式に出席する支度を整え、ベッドをアトリウムに運びました。
 関係者のひとりがピアノの演奏を引き受け、先の牧師が結婚式をとり行いました。アトリウムのバルコニーは職員や家族、友人たちで埋まり、まるで「天使」に見守られているようだった、と後に花嫁は語ったということでした。
DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部『いかに「サービス」を収益化するか』[ダイヤモンド社]より

メイヨークリニックのロゴ

 スコッツデール病院は、メイヨー・クリニックグループの病院のひとつです。メイヨー・クリニックのロゴは、三つの盾がからみ合ったデザインです。中央の一番大きな立ては患者ケアを表しています。この患者ケアの盾は少し小さい二つの盾と結び合っています。この補助的ではあるけれども不可欠な二つの盾は、医学研究と医学教育を表しているそうです。









 一番中心にある患者ケアは、メイヨー・クリニックの価値観を表現している次のわずか七文字の一文で尽くされています。

 The needs of the patient come first.(患者のニーズを最優先すること)

 先のアトリウムでの結婚式の例では、危篤状態にある患者さんのいちばんのニーズは、「娘の結婚式に出席することである」と判断した職員が、それを実現するために、他の職種の職員と協力して動いた結果だったと言えます。
 英文を見ていて気づいたのですが、患者というのは、a patientでもなく、patientsでもなく、the patientなのだという点です。つまり、the patientという言葉には、目の前にいる、他ならぬ「その患者」のニーズを第一義に考える、という意志が表現されてるようです。

 先の価値観は、「何」を目ざすかということを語っています。レナード・L・ベリーは、『メイヨー・クリニック 奇跡のサービスマネジメント』(日本経済新聞出版社)の中で、その価値観を「どうやって」実践するかを示しているのが、「共同で行う医療」だと分析しています。

 ドクター・ウィリアム・J・メイヨーは、1910年に、ラッシュ大学医学部の卒業式での演説の中で「力の結束」が患者へのサービスの最良の方法であることを強調しています。

 「医療を協力の科学に進歩させることが必要である。臨床医、専門家、そして検査技師が患者のために結束し、おのおのが目の前の問題を解決するために補助し合い、またそれぞれが仲間の支援をあてにすることができるようでなけらばならない

 今でも、メイヨー・クリニックでは、スタッフがまわりに助けを求めることは、許されているだけではなく奨励されているそうです。
 そして、それぞれのスタッフは、助けを求めるパートナーに対しては、つねに敬意を払っているそうです。相手に敬意を払うという姿勢は、各スタッフ(医師を含めて)が謙虚だからです。謙虚な態度でいるためには、各人が自分自身に自信と自尊心がなければならないと、ベリーは分析しています。
 「弱い犬ほどよく吠える」と言いますが、相手に敬意を払わず、怒鳴る医者ほど、ひょっとしたら自分自身に自信がないので、空威張りをしているだけなのかもしれませんね。相手よりも自分が低く見られたくないために、相手をおとしめるような発言をする…これでは、まるで子どもたちのイジメと同じですね。

 最近、チーム医療の重要性について強調されていますが、その基礎には互いに敬意を払うという姿勢がなければ、真のチーム医療は実現できないのかもしれませんね。