2014年2月9日日曜日

森羅万象に多情多恨たれ

 島地勝彦さんが、「週刊プレイボーイ」の編集長に就任したとき(1982年)に、かねて親交のあった作家の開高健氏から、「編集者マグナ・カルタ」を渡されたそうです。
参考:Associé 2008.03.18.号

 原稿用紙に手書きで書かれた九つの訓辞と補遺一つ。
 なかなか迫力があるので紹介します。

編集者マグナ・カルタ九章

読め。
耳をたてろ。
眼をひらいたまま眠れ。
右足で一歩一歩歩きつつ、左足で跳べ。
トラブルを歓迎しろ。
遊べ。
飲め。
抱け、抱かれろ。
森羅万象に多情多恨たれ。

補遺一つ。女に泣かされろ。

 マグナ・カルタは「読め」から始まっています。ジャンルを問わず、とにかくたくさんの本を読むこと。「読んだ本の数で、人の値打ちは変わる。本を読み、想像力を刺激する。素敵な本との出会い、そして感動が人間を進歩させる」と島地さんは言っています。さらに、「何も食べないと空腹に襲われるように、本を読まないと脳みそが飢餓を訴える。そんな人間になれ。その状態になって初めて「読め」の真意がわかるのだ」とも。
 そして、人の話を聞いて情報を集め、寝る間も惜しんで生きていることを感じろと教える。さらに、足を使って現場を踏み、トラブルや失敗を恐れるなと続けています。
 「遊べ」とは、怠れということではないでしょう。遊んで遊んで遊び抜く。全エネルギーを注ぎ込むほど何かに没頭する中に、真理がある、ということでしょうか。
 「飲め」と言われても酒を飲めない者はどうするか?島地さんは「ただ、酒が飲めなくても、ウーロン茶でとことんつき合う人もいる。もしかしたらそれこそが人生の達人かもしれないな」と言っています。

 「森羅万象に多情多恨たれ」
 あらゆることに好奇心をもち、情念をたぎらせる。事なかれではなく当事者として生きることが、良き仕事人としての条件である、とマグナ・カルタは教えています。

 このマグナ・カルタは、臨床に立ち向かう研修医諸君の心にも響くものがあるのではないでしょうか?
 くれぐれも、「抱け、抱かれろ」ばかりに眼を向けないように。

2014年2月8日土曜日

京都市立病院憲章から「患者様」が消えたワケは…

 夕べから降り続いた雪が、今朝は5cm以上積もっていました。でも、気温が高かったせいか、ちょっとベタベタした雪質でした。

 ところで、京都市立病院には憲章というのがあります。各職員は、この憲章を名札の裏に入れて持ち歩いています。
 この憲章は、「京都市立病院は、市民の健康を支える病院として」と始まります。そして、その第一番目に、「・患者中心の医療サービスを提供します。」という文があります。
 実は、数年前まで、この「患者」という表現は「患者様」となっていました。確かに、一時期、「患者」や「患者さん」ではなく、「患者様」と呼びましょう、という呼びかけがなされた時期がありました。最初に「患者様」という表現を聞いたときに、何故かとても違和感を覚えたものでした。どうもしっくりこなかったのです。

 以前、英文学者の外山滋比古さんが、患者様という表現に違和感がある理由を説明していたことがあります。


 「ことばの姿としても患者様は座りが悪い。人の名前につく様はよいが、一般の名詞には様がつきづらいのである。病人様とは言わない。ご病人様ならよい。依頼人様ではまずくて、ご依頼人様となる。お客様はよく熟したことばだが、客様はない。
 こういう”お(ご)…さま”はしっかりした語法になっているから、ご苦労さま、お疲れさま、ご馳走さま、ご愁傷さま、など、いろいろのことばがある。患者様に「違和」があるとすれば、頭に、おかごがついていないことによるだろう。もっとも患者様には、どちらもつけにくいから困る。」 Associé 2007.07.03






 呼吸器内科医の里見清一先生によれば、「患者さま」という奇妙な呼称は、2001年に厚生労働省が出した、次の通達に端を発するのだそうです。
 「患者の呼称は様を基本とすべし」
 おそらく、この通達にしたがって、京都市立病院でもかつて憲章の文句を「患者」から「患者様」に変更していたのでしょう。



 里見先生は、この「患者さま」という呼称に対して、なかば怒りをこめて反対されていました。
 「そもそも患者さまとはなんであるか。病気になったときに人は偉くなるはずはないので、「様」というのは、医療サービスの供給者である医療者が、顧客である患者に対して、「お客さま」として、「この病院を選んでくださって(そして診療を受けてくださって)ありがとう」という意味で使うことになる。どうして「診療を受けてくださってありがとう」なのか?医療行為で病気が良くなるのであれば、当然利益は患者側にあるので、ありがとうと言うのは患者側であろう。これが人間社会の常識である」里見清一『偽善の医療』[新潮新書])と主張しています。








 外山滋比古さんも「患者様と言われた本人たちの中にも「バカにされている感じがする」という人もいる」と言い、「粗末なベンチに何時間もまたされるのでは、患者様などと持ちあげられても、うれしくない…病院としては本当のサービスにはカネも人手もかかるから、とりあえず、タダのことばでサービスしようというのではないか、患者はひがみっぽいから、そう勘ぐる」のだと分析しています。(同上

2014年2月6日木曜日

邂逅

 しばらく会わない人に、思いがけない所で、あるいは思いがけない機会に会うことを、「邂逅(かいこう)」と言います。長年、市立病院にいると、かつて担当した患者さんの関係者に邂逅することがあります。
今日は日中も雪の舞う寒い一日でした

 外科の手術をひかえた女性の術前診察で手術歴を聞いたとき「24年前に当院で帝王切開を受け、27週の未熟児を生んだ」と言われたことがあります。ひょっとして、ぼくが小児科研修医時代に担当していた未熟児ではと思って、お子さんのフルネームを聞いてると、同僚が担当していた未熟児だと分かって感動したことがありました。今では、当時の未熟児もすっかり成人して、元気に仕事をされていると知らされて、再び感動しました。
2月1日。北の職員駐車場がいよいよ閉鎖されました。

 小児科でフォローする年齢は、慢性腎炎の子どもであっても、せいぜい高校生までです。その後は内科にバトンタッチするので、成人してから、彼や彼女たちがどのように生活をしているかは、なかなか知る機会がありません。

 こんなこともありました。
 そけいヘルニアの手術に、幼児がやってきました。手術が終わって、患児を送り出すときに、迎えにみえたお父さんから声をかけられました。そして、そのお父さんが、小児科時代に担当していた慢性腎炎の患者さんだったことが分かって驚きました。
 当時、中学生の慢性腎炎の患者さんが三人ほど入院していたのですが、病棟では手の付けられない問題児ばかりでした。三人つるんで院外へ無断外出したり、隠し持ったポテトチップスを、病室で分け合って食べたりしていた連中だったので、今でも印象に残っています。
 塩分と蛋白を制限された食事を出され、激しい運動はしないようにと言われ、長期に入院してステロイド・パルス療法を何クールか受けて、定期的に採血検査をされる。若い彼らにとっては、病院は牢獄のような世界だったのかもしれません。
新しい職員駐車場から新館へ向かう仮通路は
「うぐいす張り?」の板の廊下です。

 その三人組の一人 Nくんは、中学では剣道部に所属して毎日クラブの練習に励んでいました。学校検尿で蛋白尿・血尿が見つかり、精査された結果、慢性腎炎と診断されました。それ以降、Nくんは運動を制限され、剣道部も辞めるざるを得なくなりました。
 彼は、病気のために、好きな剣道を止めなければならなかったことが、きっと悔しかったのでしょう、入院してくる前に、中学校の校舎の窓ガラスに石を投げて、何枚も何枚もガラスを割ってやったと、入院中に打ち明けてくれたことがありました。
 やがて、投薬だけでフォローされるようになってからは、入院もいらなくなって、Nくんは外来でフォローされるようになりました。
京都市立病院(画面左手の建物)の南の五条通。
目下、拡張工事中で半分は通行禁止。

 麻酔科に転向してからは、ぼくはすっかりNくんのことを忘れていました。ところがある時、京都駅近くのレストランで元気に仕事をしているNくんの姿を見つけて、久しぶりの邂逅にうれしくなったことがありました。
 腎生検の結果では、なかなか治療に反応してくれないタイプの慢性腎炎だっただけに、元気で仕事をしている姿を見て、ほんとにホッとして、うれしくなったのを思い出します。

2014年2月3日月曜日

研修初日にインフルエンザ?

 今日から、2月のローテーションが始まります。

 二年目研修医のMd先生とTn先生が来られる予定でしたが、お二人ともインフルエンザないし同疑いで、研修初日から休みをとられました。

 1月の半ばから、インフルエンザとノロウィルスなどによる感染性胃腸炎が急増してきました。研修医の先生方は、救急当直ではインフルエンザに罹患した患者さんを最前線で診察されるわけですから、感染のリスクが増えるのも無理はありませんね。
 お大事に。

 で、今日は一年目研修医のMn先生が当直明けでデューティオフだったので、研修医は二年目のKm先生お一人でした。
孤軍奮闘するKm先生

 さて、「かしめる」論争のその後です。Yy先生によると、「かしめる」という言葉を使っていたのは、おばあちゃんではなくて、お父さんだったのだそうです。お父さんもネジ業界とは関係がないそうなので、これはやはり方言なのでしょうか?

 ところで、方言で思い出したことがあります。
 かつて『探偵!ナイトスクープ』という番組があったのをご存じでしょうか?この番組の中で、「全国アホ・バカ分布図」調査というのが行われたことがあります。

全国アホバカ分布図
松本修『全国アホバカ分布考』より

 関西では「アホ」が普通の表現ですが、関東圏では「バカ」という言葉が普通です。この他にも、地方によって「アホ・バカ」類義語にはかなりのバリエーションがあります。ダラ、デレスケ、タワケ、ホデナス、トロイ、ウトイ、アンゴ、等々。

 これらの方言を分布図上にマッピングしてみると、興味深い事実が浮かび上がってきました。アホ文化圏は、関西地方に集中し、バカ文化圏は、関西から離れた地域に広がっているのです。さらに、関西を軸にして、東と西に、同じような表現をする地域が存在することが分かったのです。たとえば、鳥取・島根県はダラ系語圏ですが、同じダラ系語圏は、福井・石川県にもあります。また、ホデナス、ホガネー等のホンジナシ系語圏は、九州南部(鹿児島・宮崎県)とともに東北地方にも分布しているのです。






松本修『全国アホバカ分布考』[太田出版]

 『探偵!ナイトスクープ』プロデューサーの松本修さんの考察は、次のようなものでした。
 
「言葉は、京の都で生まれて、人によって地方へ運ばれて行った。だから、歴史的には『アホ』の方が新しく、『バカ』の方が古いと考えられる。分布図で『アホ・バカ類義語方言』が京の都を中心に同心円状に広がっているのは、言葉が京の都から地方へと広がっていたことを示唆すると考えられる。」

 言葉の拡散のし方は見えてきても、それぞれの言葉の語源となると、まだまだ分かっておらず、ナゾは多いようです。

2014年2月2日日曜日

〈安らぎと結びつき〉システムの時代へ

 ジャングルでライオンに出くわしたときの状況を考えると、ストレスを受けたときの人の反応が分かると、よく言われます。

 瞳孔は開き、心臓は早鐘のように打ち、血圧が上昇し、筋肉は緊張していつでも動ける準備ができている、といった具合です。こうした反応は、交感神経の緊張によるものですが、こうした一連のストレス反応を〈闘争か逃走か〉反応と表現することがあります。
 この〈闘争か逃走か〉反応の対極にあるのが、〈安らぎと結びつき〉システムです。しかし、こちらの方の呼び名は、あまり馴染みがないと思います。生理学者の興味も、どうやら〈闘争か逃走か〉システムの方に偏っているらしく、九割程度の研究が〈闘争か逃走か〉システムに関するものなのだとか。

 人(他の哺乳類も同様)が「よりよく」生きていくためには、この二つのシステムの片方だけでは不十分で、両者がバランスよく配分されることが必要だと考えられています。

 そして、この〈安らぎと結びつき〉システムの主役が、オキシトシンという物質だと、最近の研究で明らかになってきました。
 手術場でオキシトシンというと、帝王切開のときに、ベビーが娩出された後に投与される物質(アトニン®)として知られています。これは、子宮の収縮を促進させて、胎盤の娩出を助ける目的で投与されています。このオキシトシンという物質には、実は、もっと多彩な生理現象を引き起こす力があることが分かってきたのです。

 スウェーデンの女性生理学者である、シャスティン・ウヴネース・モベリさんは、『オキシトシン 私たちのからだがつくる安らぎの物質』[晶文社]の中で、オキシトシンのもつ広汎な生理学的作用について解説しています。
 オキシトシンは、子宮収縮とお乳を出すという働きの他にも、さまざまな効果を発揮しますが、モベリさんは、これらの多岐にわたる効果は、いずれも、「ヒトを含めた動物の、成長と生殖への要求を満たす助けになるものだ」と要約しています。

 中でも興味深いのは、「社交性と好奇心による行動を促す力」です。生殖のためには、性交、授乳、子育てなどができなくてはならないので、ある程度の社交性が必要となります。見知らぬ相手に近づくためには、人にとっても動物にとっても不安を軽くする必要があります。これを助けるのがオキシトシンの役目なのです。
オキシトシンの木:オキシトシン効果のほとんど共通の特徴である
「成長」が、オキシトシンの木の幹になっている。
(シャスティン・ウヴネース・モベリ『オキシトシン』より)

 このオキシトシンは、体内では、ホルモンとして働く場合と神経伝達物質として働く場合があります。外から補充する場合は、経口的に投与されるとすぐに消化されてしまうので体内に取り込めず、また、静注しても血液脳関門を通過しにくいので脳内に入りにくいという性質をもっています。
 しかし、幸いなことに、マッサージその他のタッチ療法などで、内因性のオキシトシンを増加させることができるのだそうです。

 オキシトシンに注目した、もう一人の学者がいます。経済学者から医学者に転身したポール・J・ザックさんです。かれは、徹底して人を対象として、オキシトシン濃度をはかり、場合によりオキシトシンを投与して、どのような場面でオキシトシンが増えるかを検討しました。
 その結果、彼は、「一日8回ハグすれば、オキシトシンが増えて、人は他人を思いやることができる」と主張しています。実際、彼は、訪ねて来た人を必ずハグするので、マスコミからドクター・ラブとあだ名をつけられたとか。(ポール・J・ザック『経済は「競争」では繁栄しない』[ダイヤモンド社]
 彼が、TEDで行ったスピーチは、人気があって、200万回以上視聴されています。このTEDスピーチは、彼の著書の前半部の内容になっています。

 確かに、種の保存という観点からすれば、見知らぬ相手に出会って、〈闘争か逃走か〉システムばかり働かせていたのでは、他の個体と親密な関係がもてなくなって、種は滅んでしまうかもしれませんね。
 モベリさんは、「オキシトシンの放出は人と人との間、とりわけ母と子の間に感情的な絆を形成する」と言っています。さらに「良好な人間関係は、直接的なタッチだけでなく、支えあっていることや温もりや愛を感じることによて、〈安らぎと結びつき〉システムを活性化すると思われる」と控えめに主張しています。

 ただでさえ、ストレスの多い現代社会においては、今後、〈安らぎと結びつき〉システムを活性化させることに注意を注がなければならないのかも知れませんね。

 

2014年1月31日金曜日

今日は一月最終日でした

 1月の最終日。今日は、1年目研修医のTd先生と2年目研修医のMd先生の麻酔科研修最終日でした。

 Td先生は、今日は、ウロの縦三列の麻酔を担当されました。
Td先生が2年目にローテされるのは、来年3月。
どれだけ成長されているか、楽しみですね。
 Md先生は、脳外科の手術の後、臨時で入った、これまた脳外の麻酔を担当され、5時過ぎからは、院内の当直業務に入られました。
Md先生は、初期臨床研修も残すところ、後ふた月足らず。
脳外の手術中、血ガス測定中です。
 お二人とも麻酔科ローテ最終日は、フル回転でした。おつかれさま。

今日の笑顔

 ナースマンのAnくんは、実はまだ車の免許をもっていません。京都にいる限りは、車の必要を感じないからなのだそうです。でも、友だちと車で出かけるときは、運転の交代ができないので、ヒンシュクを買うことがあるそうです。で、今年は、自動車免許を取得するのが目標なのだそうです。
今年は免許取りま〜す
 ナースのIkさんは、車の免許をもっています。ときどき、愛車でドライブを楽しんでいるそうです。
いつかバスの免許も取りま〜す

2014年1月29日水曜日

ナゾのかしめる

 今朝の有明の月は、月齢28.0。金星と並んで輝いていました。

 五条通は、目下、拡張工事の真っ最中。
 今朝見ると、南側に新しく拡張された道路が開通していました。しかしまだ、北側半分の舗装が残っているので、しばらく工事は続きます。五条通から御前通りに曲がる部分が従来の交差点からずっと離れているので、慣れないと、車で左折するのに戸惑いそうです。
 工事のおじさんにたずねると、五条通の下を流れている天神川の部分の補強工事に時間がかかるので、あと半年くらいは工事が続くのだそうです。
 下の写真は、五条御前通りのほぼ同じ場所で、五条通を東に向かって撮影したものです。左の写真の工事車両が停まっていた場所は、現在、東西の車線が走る新しい通りになっています。
2012年12月20日撮影
2014年1月29日撮影













 今日は、ルーム1のモニターケーブルの中継部の接続がはずれていたため、セントラルモニターに信号がとどきませんでした。臨床工学士さんを呼んで、問題はすぐに解決したのですが、そのときに、臨床工学士のItさんが、「タイバンドでかしめときましょうか?」と提案されました。

 ところが、聞いていた者たちはみな、「???」状態でした。
Itさん:「かしめる」って、言いませんか?

 「かしめる」という言葉が、どういう意味なのか、誰も分からなかったのです。

 これは、てっきり方言だと思って、Itさんの出身地をたずねると、3歳までは広島に、それ以降は愛媛で育ったとのこと。で、広島出身のナースTgさんに聞いてみると、「かしめるなんて知りません」とのこと。それなら愛媛の方言に違いないと思って、研修医のYy先生に聞いてみると、「う〜ん、分かりません。でも、おばあちゃんが言ってたよ〜な…」との答え。




 なるほど、きっと愛媛の古い方言なんだ、とその場では納得しました。
Yy先生:「かしめる」って、
おばあちゃんが言ってたような…

 しかし、その後、ネットで検索してみると、この「かしめる」というのは方言ではなく、ねじ業界の専門用語だったようです。ねじ用語集の中の解説には、次のような説明があるようです。

「リベットを用いて、板と板とを繋ぎ合せる場合に使う言葉で、穴を開けた2枚の板にリベットを通し、飛出た軸先端部(かしめ部)を専用工具、専用設備を使って潰し、固く密着させること」

 Yy先生のおばあちゃんは、ねじ業界に明るかったのでしょうか?