2014年2月15日土曜日

声門に挿管チューブを押し込んではいけない

 1985年に、飢餓に苦しむアフリカに救いの手を差しのべようと、全米のトップ・アーティストが一堂に集結して、夜を徹した録音の結果作られたのが〈We Are The World〉でした。
 これは、音楽チャリティ史上最大のヒット曲となっています。
〈We Are The World〉の作詞・作曲は
マイケル・ジャクソンとライオネル・リッチーでした。

 この曲では、全員がコーラスをとる部分と、一人一人のアーティストがソロをとる部分が交互にでてきます。ほんの2,3フレーズだけのソロなのに、誰の声だか聞き分けられます。歌を歌うときの「声」というのは、まさに歌手そのものなのだなと再認識できます。

 この声の元が、声帯という器官の振動です。私たち麻酔科医は、ふだんこの声帯のすき間にある、声門を通して、気管チューブを留置しています。何のトラブルもなく挿管できたときでも、術後に嗄声が残ったりすることもあります。かつては、指導医から「気管チューブは押し込むんじゃない。そっと置きに行くように挿管するんや」と言われたものでした。
 今では、ラリンジアルマスクやi-gelなど声門上で気道確保できるデバイスができているので、喉頭への負担は軽減することが可能になっています。
 以前、声楽家の患者さんが全身麻酔で手術を受けに来られたことがありました。そのとき、挿管ではなくラリンジアルマスクを用いるようにします、と術前に説明をすると、ホッとした顔をされたのを思い出します。



 一色信彦先生の『声の不思議』[中山書店]によると、声を出せるようになったのは、進化のかなり後の段階で、声を出す動物の中でも、人間の「声」ほどデリケートで複雑なものはありません。
 魚が陸に上がり始めたころ、空気中の酸素を吸収するための肺が発生してきましたが、それまでのエラ呼吸と違って、水を飲みこむと肺が水浸しになる危険性が現れました。水と空気の通り道を分ける弁が必要となったのが、喉頭の始まりだとされているそうです。

 「人が直立歩行し、手を自由に動かして物を作り、声をだし、それをさらにいろいろの音(語音)に変えてコミュニケーションに利用しました。手と舌、これが人類文明の二本柱」だと、一色先生は述べています。