2014年2月21日金曜日

幸せの新しいものさしを求めて

 金井真介さんは、渋谷区外苑前で「ダイヤログ・イン・ザ・ダーク」(DIALOG IN THE DARK)というプロジェクトを主催しています。直訳すると「暗闇の中での対話」ですね。

 これは、真っ暗闇の中で会場内を歩いて回る、という企画です。ふだん視覚にたよって生活しているわれわれが真っ暗闇の中に置かれると、どういう気持ちになるのか、ということを体験する場です。
博報堂大学幸せのものさし編集部
『幸せの新しいものさし』[PHP研究所]
金井真介さんが変えた「感覚のものさし」
の話は、この本の中に出ています。

 金井さんは、かつて、ローマで開催された「ダイヤログ・イン・ザ・ダーク」イベントに参加したとき、グループからはぐれて、暗闇の中で迷子になってしまったことがあるそうです。
 遠くに人の声は聞こえるけれど、どう歩いてもそっちにたどり着けなくて、すごく心細い思いをしながら、手探りで歩いていました。すると、急に左右から二人のスタッフが現れ、みんなの所に連れ戻してくれたのだそうです。金井さんは、スタッフは暗闇で赤外線を感知する暗視ゴーグルでもつけているのだと思っていたそうです。



 ツアーの後、迷子になったときに左右からレスキューにあたったスタッフも、実は視覚障害者であったことを知って、金井さんは愕然としたそうです。
 ツアーのガイド役の人が視覚障害者であることは最初から知っていたのですが、途中でレスキューに現れたスタッフの動きがあまりに自然で、金井さんはてっきり別の健常者のスタッフだと勘違いしていたからでした。



 「自分よりハンディのあるはずの人に助けられた、という体験は衝撃でした。完全な暗闇という特殊な状況の中では、ふだん、健常者と呼ばれる人がここまで不自由で、逆に障害者と呼ばれている人がここまで自由になれるものなのか、と」

  この体験を通して、金井さんは考えました。
「人は『立場』で生きている。社会とは『立場』と『立場』の関係性だ。だから社会の中では人は『立場』がないと生きられない。だが、環境が変われば『立場』もたやすく変わる。『上下』の関係性が一瞬で逆転することもある。実は、それくらい『立場』というのは相対的な存在なのだ。しかし普通はそれを絶対的なものとして、疑うことがない。
 では、その『立場』を取り去ってみたときに残るものは何か。『立場』を持たない『私』という人間、あるいは『あなた』という存在の本質は何なのか。そのとき『私』と『あなた』の間にはどんな関係性が成立しうるのか?」

 そして、ローマでの暗闇での体験から、金井さんが出した答えは、こうでした。

 「それは自分で暗闇をつくってみることでしか分からない」


 『立場』を絶対視するような見方をしてしまうと、ある『立場』は別の『立場』よりも偉いとか劣っているなどと思ってしまいがちです。
 こういう態度のことを上品な言葉で表現すると、「目くそ鼻くそを笑う」と言います。目くそは鼻くそのことを自分より劣っていると思って笑っているのですが、その目くその態度を離れた所から見ている人からすれば、どちらも同じようなものじゃあないか、と滑稽に見えてくるのです。

 しかし、どちらも同じようなものさ、という態度では、まだまだ物足りないかもしれません。相手に敬意をはらい、礼をつくして初めて、フラットな関係性が形成されたと言えるのではないでしょうか。
 たとえば、暗闇で迷ったとき、助けてくれた視覚障害者に対してわたしたちはどう思うでしょうか?「ありがとう。あなたのおかげで助かりました。」と感謝の意を表すのではないでしょうか?
 明るい場所に出て、相手が視覚障害者であったと知ったとき、その言葉を撤回する人が果たしているでしょうか?どんな場所、どんな相手であっても、フラットな関係性を意識していれば、恒に敬意を払い、礼をつくせるのではないでしょうか?

 「自分で暗闇をつくって」みれば、それぞれの『立場』に関係なく、フラットな関係性が形成されて、お互いに礼をつくせるような気がするのですが、いかがでしょうか?

2014年2月19日水曜日

一年目、トリをつとめるローテータ—

 今週から、一年目研修医の最後のローテータ—、Ym先生が麻酔科研修に来られています。これから、6週間にわたって、麻酔科研修をされる予定です。

 月曜日は、ロボット手術二例につきましたが、ほぼ見学。昨日は当直明けで、今日は全麻一件、脊麻二件と大活躍でした。
 どうぞ、よろしく。

 Ym先生は、学生時代は、バスケットボール部に所属していました。いわゆるスラムダンク世代です。ポジションは、ガードですから、宮城リョータのファンだったのでしょうか?

2014年2月18日火曜日

おてんとさまに顔向けできねぇ…

 昨日紹介した、脳外科医エベン・アレグザンダーの『プルーフ・オブ・ヘブン』を読んでいて、もうひとつ気になったのは、臨死体験で記憶に残った「不思議な世界」=「現実の世界を超えた超自然的な存在」ととらえている点でした。


 確かに、臨死体験から、この世の現実世界以外の「世界」ないしは「存在」に気づくという人はいるようです。
 『生きがいの創造』シリーズで知られた飯田史彦さんも、脳出血時に経験した臨死体験の際に「まぶしい光たち(高次の存在)」ないしは「究極の光」から「物質や理論の束縛から離れて、真に人を救う方法について研究し、実践し、出逢う人々に直接伝えなさい。」というメッセージを受けとったと言っています。




 キリスト教的世界観では、どうしても現実の(物質的な)世界に対して、天国や精神的なもうひとつの世界があるという二元論的な世界観に支配されてしまいがちです。もっとも仏教でも浄土思想という、死後の世界を考える流派もありますが、原始仏教では、実はあの世については触れていません。
 道元は、「生死(しょうじ)のうちに仏あれば生死なし」と言って、二元論的な考え方を否定しています。つまり、すべてのものに仏性(ぶっしょう)があり、これは普遍で、今のこの世は、その仏性の顕れのひとつに過ぎないという考え方なのですね。

 禅宗の内山興正氏は、この「仏」のことを「天地一杯」と文学的に表現しています。

「花の色も、花の生命も、実は『天地一杯』のところから来るのだ。それも忽然として来る、あるいは忽然として去る。…よく考えてみると、もともと私もあなたも、一切のものが天地一杯のところから来ている。天地一杯の生命に生かされているということです」内山興正『正法眼蔵 生死を味わう』[大法輪閣]

 内山氏は、「生死」と題する詩も作りました。
 「手桶に水を汲むことによって/水が生じたのではない/天地一杯の水が/手桶に汲みとられたのだ/手桶の水を/大地に撒(ま)いてしまったからといって/水が無くなったのではない/天地一杯の水が/天地一杯のなかに/ばら撒かれたのだ/人は生まれることによって/生命を生じたのではない/天地一杯の生命が/私という思い固めのなかに/汲みとられたのである/人は死ぬことによって/生命が無くなるのではない/天地一杯の生命が/私という思い固めから/天地一杯のなかに/ばら撒かれたのだ」

 釈迦(ブッダ)と同時代を生きた孔子は、「怪力乱神を語らず」(怪異と暴力と背徳と神秘とは、口にされなかった)[述而第七]と言いながら、『論語』の中では、ときどき「天」という言葉を使っています。

「夫子これにちかって曰く、予が否(すまじ)き所の者は、天これを厭(た)たん、天これを厭たん」(先生は誓いをされて「自らによくないことがあれば、天が見すてるであろう、天が見すてるであろう」と言われた。)[雍也第六]
「子の曰く、我を知ること莫(な)きかな。子貢が曰く、何すれぞそれ子を知ること莫からん。子の曰わく、天を怨みず、人をとがめず、下学して上達す。我を知る者はそれ天か」(先生が「わたしを分かってくれるものがないねえ」といわれたので、子貢は〔あやしんで〕「どうしてまた先生のことを分かるものがないのです」といった。先生はいわれた、「天を怨みもせず、人をとがめもせず、〔ただ自分の修養につとめて〕身近なことを学んで高遠なことに通じていく。わたしのことを分かってくれるものは、まあ天だね。)[憲問第十四]
…etc.

 そう言えば、日本には、昔から「おてんとさまに恥ずかしくない生き方をしなさい」といった言い回しがありましたね。「おてんとさま」は太陽のことを言いますが、「御天道様」と書いて、「天地をつかさどり、すべてを見通す超自然の存在」といった意味もあります。

 現代でも、この「超自然的なパワー」は、色々な人々にさまざまな呼び方をされています。
 ・サムシング・グレート:村上和雄(遺伝子生物学者・筑波大学名誉教授)
 ・宇宙意志:桜井国朋(宇宙物理学者)
 ・光:飯田史彦(経営コンサルタント・「光の学校」を主催)
 ・「すべて」である知性あるいは根源的な知性:ディーパック・チョプラ(医学博士・「チョプラ・センター」主催)
 ………。
 といった具合です。
 『プルーフ・オブ・ヘブン』のエベン・アレグザンダーは、この超自然的な何ものかを「オーム」と呼んでいました。

 要するに、この世を含んだ「すべて」を支配している何ものかに対して、人は色んな呼び名を与えているようです。
 この何ものかを、現在の科学では証明できないという立場で認めない人もいるでしょう。しかし、本来、「科学によって解明されている範疇を超えることがらについては、科学がそうでないと証明したことと、科学がいまだに発見していないこととを、はっきり区別して考えなくてはいけない」(ダライ・ラマ14世)のです。

 だから、臨死体験からの経験を語られた内容が、いくら科学の常識を超えているとしても、それを頭から否定することは、決して科学的な態度ではないのです。
 
 それよりも興味深いのは、物質を超えた「存在」を意識すると、いずれの著者も共通して、謙虚になり、すべての人と物がつながっているという意識から、「許し」ないしは「愛」、「思いやり」という心に目覚めているところです。

 より大きな「存在」を意識すれば、俗世間の地位や名誉や金や権力といったものは、すべて取るに足らないものに思えてくるのかも知れませんね。

2014年2月17日月曜日

脳外科医の臨死体験を読んで考えた

 昨日の京都新聞の書評で、アメリカのベテラン脳外科医エベン・アレグザンダーの『プルーフ・オブ・ヘブン 脳神経外科医が見た死後の世界』[早川書房]がアメリカで200万部を超えるベストセラーになっているという記事を読み、kindle版で購入してさっそく読んでみました。



 著者は、化学を専攻した後、1980年にデューク大学メディカル・スクールで医学の学位を取得し、デューク大学、マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学で11年間を医学生、研修医として過ごした医師です。また、神経内分泌学の研究に専念した研究者でもあります。その後、ハーバード・メディカル・スクールで脳神経外科の准教授として15年間勤務し、数多くの手術も手がけていました。
 要するに彼は、「科学に自分を捧げてきた人間」なのです。

 その彼が、2008年11月10日、54歳のときに、大腸菌による細菌性髄膜炎に罹患し、7日間昏睡状態に陥ります。ところが、彼はその後、奇跡的に意識を戻しました。そして、自分自身が昏睡状態にあるときに体験した「不思議な世界」(彼はこれを、物質や人間の意識を超えた高次の存在と「解釈」しています)の記憶について、人々(とりわけ彼と同じ医師や研究者)に向けて、語る必要があるという義務感にかられて、『プルーフ・オブ・ヘブン』を書いたそうです。

 これが、日本のタレントあたりが語られたものだったら、話半分に聞くところですが、自身「科学に自分を捧げてきた人間」だと言っている人物によって語られたとなると、信用度が上がりそうです。読んでみると、実際、彼は慎重に言葉を選び、真摯に自分自身の稀有な体験を語ろうとしている姿勢が伝わってきます。

 しかし、昏睡状態で経験した世界は記憶としては鮮明ではあるけれども、「こちらの世界」の言葉では、十分に表現しきれない、と著者自身が言っています。だから、文字になって、さらにそこに解釈が入ってくると、それはもはや、彼が体験した「不思議な世界」そのものではなく、あくまで「こちらの世界」の言葉で表した「あちらの世界」ということになってしまうところがもどかしいところです。

 いろんな読み方があるかもしれませんが、ぼくは、これを読みながら、グリア細胞のことを考えていました。(著者は、グリア細胞の関与についてはひと言も触れていません)
 確かに、細菌性髄膜炎で大脳の表層の細胞(とりわけニューロン)の「電気的活動」は停止し、正常な脳波は記録されなくなってしまったかも知れません。しかし、著者の場合は、心停止からの蘇生による昏睡ではなく、心臓はずっと動き続けた上での昏睡でした。したがって、脳への血流は保たれたままでいたはずです。すると、大多数のグリア細胞は生きたまま活動していた可能性が考えられないでしょうか?
 以前にも触れたように、グリア細胞というのは、カルシウムイオンの流入という方法で情報の伝達らしきものを行っています。現在、臨床医学では、このカルシウムイオンの動態を知るモニターは存在していません。だから、現状では、医師たちは脳波に頼って、植物状態であるとか脳死であるとかといった判断をすることしかできないのです。

 大胆な仮定として、著者のエベン・アレグザンダーが体験した「臨死体験」の世界における認識が、グリア細胞の活動によるものだとしてみましょう。すると、彼が『プルーフ・オブ・ヘブン』の中で描いた世界は、「死後の世界」や「高次の世界」などではなく、単にグリア細胞が描く世界だということになりはしないでしょうか?

 著者によれば、著者の記憶は「あの場所を後にしたときのままに、どこも色褪せずにそこにあったのだ」そうです。これがグリアの記憶だとすると、グリアの記憶はけっこう鮮明な記憶のようですね。
 また、「こちらの世界よりも高い次元にある世界では、時間が同じようには流れていないのだ。そこでは必ずしもものごとが順を追って展開しない。一瞬が一生分の長さに感じられたりした。だがわれわれの知る時間感覚と比べれば異質ではあるものの、支離滅裂なわけではない」とも述べています。時間の経過や論理的な整合性、言語で表される意味などといったことについては、神経細胞(ニューロン)の活動が要求されるのかもしれません。
 著者は、「あちらの世界」で美しい音楽を聞き、すべてのことを許される「愛」のような存在を感じたとも表現していました。つまり、ニューロンの活動が停止していても、音楽を感じたり、愛に満ちた感覚などは残っていたのです。美や善、あるいは音楽などという内容は、ひょっとしたらグリア細胞の活動が支えているものかもしれないな、と『プルーフ・オブ・ヘブン』を読みながら考えました。

 


2014年2月15日土曜日

声門に挿管チューブを押し込んではいけない

 1985年に、飢餓に苦しむアフリカに救いの手を差しのべようと、全米のトップ・アーティストが一堂に集結して、夜を徹した録音の結果作られたのが〈We Are The World〉でした。
 これは、音楽チャリティ史上最大のヒット曲となっています。
〈We Are The World〉の作詞・作曲は
マイケル・ジャクソンとライオネル・リッチーでした。

 この曲では、全員がコーラスをとる部分と、一人一人のアーティストがソロをとる部分が交互にでてきます。ほんの2,3フレーズだけのソロなのに、誰の声だか聞き分けられます。歌を歌うときの「声」というのは、まさに歌手そのものなのだなと再認識できます。

 この声の元が、声帯という器官の振動です。私たち麻酔科医は、ふだんこの声帯のすき間にある、声門を通して、気管チューブを留置しています。何のトラブルもなく挿管できたときでも、術後に嗄声が残ったりすることもあります。かつては、指導医から「気管チューブは押し込むんじゃない。そっと置きに行くように挿管するんや」と言われたものでした。
 今では、ラリンジアルマスクやi-gelなど声門上で気道確保できるデバイスができているので、喉頭への負担は軽減することが可能になっています。
 以前、声楽家の患者さんが全身麻酔で手術を受けに来られたことがありました。そのとき、挿管ではなくラリンジアルマスクを用いるようにします、と術前に説明をすると、ホッとした顔をされたのを思い出します。



 一色信彦先生の『声の不思議』[中山書店]によると、声を出せるようになったのは、進化のかなり後の段階で、声を出す動物の中でも、人間の「声」ほどデリケートで複雑なものはありません。
 魚が陸に上がり始めたころ、空気中の酸素を吸収するための肺が発生してきましたが、それまでのエラ呼吸と違って、水を飲みこむと肺が水浸しになる危険性が現れました。水と空気の通り道を分ける弁が必要となったのが、喉頭の始まりだとされているそうです。

 「人が直立歩行し、手を自由に動かして物を作り、声をだし、それをさらにいろいろの音(語音)に変えてコミュニケーションに利用しました。手と舌、これが人類文明の二本柱」だと、一色先生は述べています。

2014年2月14日金曜日

ホワイトバレンタイン

 今日は全国的に雪となりました。京都でも朝から雪が降り続き、一時は吹雪のような天候となっていた所もあったようです。
雪の朝。モノトーンの世界です。



病院の仮設廊下に積もった雪には、
出勤する職員の足跡が点々とついていました。


 雪のクリスマスは、ホワイトクリスマスと呼ばれますが、今日はさながらホワイトバレンタインでしたね。













麻酔科にいただいたチョコレート。
ありがとうございました。


 ジャズのスタンダードナンバーに、〈マイ・ファニー・バレンタイン〉という曲があります。ジャズメンのお気に入りで、数多くのアーチストがカバーしています。
 マイルス・デイビス(tp)もハービー・ハンコック(p)、ロン・カーター(b)、トニー・ウィリアムズ(ds)、ジョージ・コールマン(ts)のグループで〈マイ・ファニー・バレンタイン〉をライブで演奏しています。
 この頃のマイルスは、すべての音を自分の支配下に置こうとしていて、まさに暴君のように振る舞っていました。レコードを聞いていても、YouTubeで見ていても、グループのメンバーがピリピリ(というよりもビクビクかな?)している様子が伝わってきます。
1964年2月12日、ニューヨークのリンカーン・センター
フィルハーモニック・ホールでのライブ。

 〈マイ・ファニー・バレンタイン〉は、作詞がロレンツ・ハート、作曲はリチャード・ロジャースで、最初は1937年のミュージカル《Babes in Arms》で紹介されたそうです。
 歌は、女性から男性に向かって歌われる内容になっています。(バレンタインというのは男性の名前ですね)

 私の恋人、おかしなバレンタイン、
 愛しく滑稽なバレンタイン、
 貴方は心から寛がせてくれる。
 貴方のルックスには笑ってしまうし、
 写真うつりもよくないけれど、
 貴方こそ私にとってお気に入りの芸術品。
 体格もイマイチ、気がきくわけでもないけれど、
 どうか、そのままで変わらずにいてほしい。
 ずっと私のそばにいて。
 貴方がいてくれるだけで、
 私にとっては毎日がバレンタインズ・デーなのだから。

 (訳詞は大橋美加さんのものを参考にしました)

大橋美加『唇にジャズ・ソング』
[ヤマハ]

 大橋美加さんは、これは「まさにホメ殺しの正反対をいく歌詞だ。女から男へであるなら、ユーモラスで微笑ましい表現で片付けられるけれど、男性からこんなふうに言われたら、私ならビンタのひとつもくれてやって、ハイ、さようなら。たとえ、心で思っていても口に出してほしくない」と言っています。

 「女性には、男性の愉しみのひとつ”目の欲望”がない。ひたすら、見られる側にまわるしかない。目で見て欲望を遂げることができないのが女性。したがって、”見る側”の男性からどれほど賛辞をもらったか否かで、女性の人生は大きく変わってしまう」のだそうです。

2014年2月12日水曜日

外科ロボット発進!

 今朝は雲が厚く、いったん昇った太陽が再び雲間に隠れてしまうような朝でした。夕方からは小雨が降りましたが、みぞれではなく、少し暖かさを感じさせるくらいの雨でした。

 さて、京都市立病院では、泌尿器科の前立腺全摘術にロボット手術が導入されて、半年が経とうとしていますが、今日はいよいよ外科のロボット手術が始まりました。
右方が患者さんの頭側。頭高位のポジションです。

 胃切除術でしたが、前立腺と違って、こちらは頭高位のポジショニング。患者さんの顔の部分にまでドレープがかかるので、途中で外科医から胃管の深さ調節の依頼があったときに、なかなか鼻元までアプローチできず、これはこれで、外科独特の課題がありそうです。
ダ・ヴィンチの操作は、この画面の右手の方で行っています。


今日の笑顔

 チーム外科ロボットのメンバーの一人であるYoさん。
看護学生時代は茶道部でした。
日本には、茶運び人形というからくり人形を作った
技術力がありますから、これから楽しみですね。