2013年10月12日土曜日

患者である必然性のある患者以外は入院しなくてもよいのではないか?

 ナイチンゲールはクリミア戦争の従軍看護婦として活躍したことで有名ですが、彼女は、戦場におもむく前、ロンドンのハーレー街病院に勤めていました。


 ナイチンゲールがまとめたハーレー街病院での活動報告書が、1970年、ハリー・バーニーによって偶然発見されました。
 ここには、今日の病院経営や看護管理の本質が見事に示されていました。ナイチンゲールは、病院での業務、患者との関わりを観察することを通じて、病院経営についても深く考えていました。この活動報告書を元に病院経営についてのヒントを抽出して書かれたのが、松村啓史『ナイチンゲール病院経営学 激務は人生を幸せにする ハーレー街病院のレポートより』(メディカ出版)です。

 ナイチンゲールは、病院の存在意義について、いつも考えていました。彼女の鋭い観察眼は、本当は患者でないのに自分で自分が患者だと錯覚している人、または周りが病人と思い込んでそのように扱っている「患者でない人」がいるということを明らかにしました。
 1854年5月15日の第3四半期レポートに、こんな記述があります。

「退院した21名のうち、……
 1名 自己管理不足。…彼女は3年間ベッドで寝たきりの状態でわれわれのところに来ました。最初は、まったく不治の病であると思われました。
 ポートワインとクリーム以外は食べられないと信じていました。しかしすぐに彼女は自ら起きて歩き出し、絶対に食べなかったお肉を食べ、普通の人と同じように散歩ができるまでに回復し、退院しました。入院わずか2ヶ月での著しい回復です。
 そうできたのは、他の患者から引き離し、また彼女の錯覚を増長する影響因子すべてを彼女の周りから取り除いたからです。
 彼女は薬をほとんど服用せずに回復しました。」



  患者さんの中には、「病人であろうとする慣性」が潜在している場合があります。弱気や生活習慣から病人になってしまった「患者」は、自らを甘やかすことに慣れてしまっています。このような患者さんと向き合うのはけっこう大変そうです。






 このような患者さんは、感謝の心を忘れている、と松村氏は分析しています。自分のことしか考えておらず、病院は自分の病気を治してくれるために存在していると考えてしまうのです。

 本来の看護とは、こうした「病気であろうとする人たち」の心を変えることです。それは、自分のことしか考えていない患者さんに感謝の気持ちを植えつけ、「人のため、社会のために生きる」決意をしていただくことなのです。「健康・長寿」の目的は「献身的な行動」のためで、この想いを患者さんと共有する行為こそが、医療を変える看護だと松村氏は主張しています。





 ナイチンゲールは、「病院とは、健康な日常生活への復帰のための治療施設以外の何物でもない」と考えていました。つまり、病院とは、患者さん(主役)と医療スタッフ(脇役)が力を合わせて病と闘う「非日常の真摯で神聖な空間」だと考えていました。

 1854年2月20日の第2四半期レポートでは、「患者さんが、生に向かって(あるいは死に向かって)人生をうまくやっていけるようにすることは、病院の目的の一つです。」と述べています。そして、患者さんが無気力になって生活に適応できなくなる原因の主なものは、「患者さん自身が支払ったお金ですべての費用がカバーされているという誤った考えをもっていることです。このことは、患者さんたちの後の生活すべてに不満を抱かせます」と指摘しています。





 手術をひかえた患者さんは立派な患者と言えそうですが、たとえば、術前の禁煙を守ろうとしない患者さんなどは、やはり自らを甘やかせているのではないかしら、とナイチンゲールのレポートを読んで思いました。